資生堂ギャラリーでは、イギリスの女性アーティスト、サム・テイラー・ウッドの展覧会を開催いたします。サム・テイラー・ウッドは、1967年ロンドン生まれ。1990年にゴールドスミス・カレッジを卒業し、映像と写真を通してストーリー性の高い世界をつくりだすアーティストです。彼女の作品のなかにみられる物語は、しばしば不可思議で、クライマックスや結末がないので見る者に多くの謎を残しますが、同時に強い印象を与えます。彼女は、人間の感情や内面について冷静な目を持って客観的に表現しています。1997年には有望な若手作家に与えられるヴェニス・ビエンナーレ奨励賞を受賞し、翌年にはイギリスで過去1年間に傑出した発表活動を行ったアーティストに送られるターナー賞の候補にもなりました。今回は、彼女が1998年から手がけている「Soliloquy」(独白)のシリーズ―展覧会のタイトルである「TO BE OR NOT TO BE」はハムレットの有名な「独白」からとっています―を中心として、彼女の代表作のひとつである1996年の「Wrecked」(難破/酩酊)、2001年11月に発表された最新作を含む写真作品全12点をご紹介します。今回は、彼女の日本で初めての個展になります。
サム・テイラー・ウッドは、動画の要素を写真に応用することによって、写真のなかで時間や空間の流れを表現することを試みています。また、彼女の写真作品は歴史的絵画と深く関わっています。1995年から1998年にかけて360度カメラを使用して、5秒間の露光で部屋の内部を撮影した「Five Revolutionary Second」というシリーズを制作していますが、今回出展される「Soliloquy」のシリーズでは、そのパノラマ写真が、中心となる大きなポートレイト写真の下にアニメーションのように添えられています。それらはプレデラ(キリスト教美術において3連以上の祭壇画、あるいは浮彫祭壇の最下部を帯状に飾る一連をなす小画面。本体で扱われる主題と関連する副次的な主題が絵画や彫刻であらわされたもの)※がもとになっています。「Wrecked」は「最後の晩餐」を思わせるシーンですが中央にいるのは上半身裸の女性。「Wrecked」や「Soliloquy」シリーズでは、ルネッサンスやバロック絵画にみられる宗教的なイメージと、世俗的な現代の都会の風景とを組み合わせることによって、聖なるものと卑俗なものとの境界線を探っています。「Soliloquy I」は、ヘンリー・ウォリスの絵画「チャタートン」(トーマス・チャタートン:18世紀のイギリスの詩人)を引用したものですが、サム・テイラー・ウッドのチャタートンは、ロマンティックな死を今にも遂げようとしている人物のようにもみえますし、ドラッグをやりすぎたようにも見えます。下部のブレデラでは、その人物の狂気と叶わぬ欲望を明らかにしています。新作の風景写真では、荒地に斜めに立つ木を撮影しセルフポートレイトとする(「Self Portrait as A Tree」)など、新しい試みを打ち出しています。
※『新潮 世界美術辞典』より