異なるジャンルのクリエーションに関わる3人が審査し、3つの個展の中で、資生堂ギャラリーの空間に果敢に挑み、新しい価値の創造を最も感じさせた展覧会にshiseido art egg賞を贈ります。
第14回 shiseido art egg賞
第14回 shiseido art egg賞は、橋本 晶子さんに決定いたしました。
2020年12月23日には授賞式を行い、資生堂 常務 社会価値創造本部長の青木より橋本氏にトロフィー並びに賞金20万円を贈りました。
受賞の言葉
イレギュラーなことも多かった展覧会でしたが、やりきることができました。いままでは準備から設営まで自分ひとりでやることもありましたが、今回は壁の数が多く会場も広かったので、いろんな方に手伝っていただいたことが展示実現には大きかったです。新型コロナの影響もあり、展示内容を変えますかというお話もいただきましたが、私自身の作品のテーマは社会状況などを反映するものではないので、いまの状況を考えないようにしました。私の軸になっているのは「絵を描くこと」「絵とは何かを考えること」ですので、それは今後も続けていくつもりです。
審査総評
本年の審査員は、美術作家の今井俊介氏 、詩人の大崎清夏氏、ジャーナリスト・「21_21 DESIGN SIGHT」アソシエイトディレクターの川上典李子氏の3氏が務めた。
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて展覧会が延期されるなど、さまざまな変更が余儀なくされるなかで、3人の出品作家はそれぞれの関心や観点から、大小2つの展示室が並ぶ資生堂ギャラリーの特殊な空間を精細に読み込み、質の高い展示を作り上げた。現在の社会状況に反応する者、社会の動きから独立して自身の制作を追求する者など、その表現の姿勢は三者三様だが、いずれも今を生きる私たちへの強い批評性を持っていた。
巨大な絵画16点と、自身のスタジオにあるものを展示室に持ち込み、立体作品を配置したインスタレーションを発表した西の展覧会は、作家が長年温めてきた作品やプランを実現した熱量の高いものだった。情報をゴーストに例えたその絵画は、社会批評性に富み、読み解きの醍醐味を与えた。
植物や鳥、グラス、道の風景などが描かれた鉛筆画によるインスタレーションを展示した橋本の展覧会は、静的な画面の奥に遠くのどこかへの広がりを喚起させるものだった。観客の影を画面上に落とす照明の使い方をはじめ、細部までこだわりがみられ、作家の展示に対する冷静な姿勢が伝わった。また、時代の変化に流されず、自身の仕事を探求するその作家としての姿勢も評価され、shiseido art egg賞に選ばれた。
大きな噴水やピストン運動する機械、自然物と人工物を組み合わせた装置などで構成された藤田の展覧会は、若手ならではのエネルギーや新奇性に満ちたものだった。とくにその性的なモチーフの扱いや見立ての力は特殊なもので、今後のさらなる飛躍を期待させた。
3人の審査員からは、大きく変化する社会状況やアートシーンのなかで、新進アーティストの地道な制作や、貴重な発表の場をサポートするshiseido art egg賞の意義はますます高まっており、今後にも期待したいという意見をいただいた。
貴重な時間をshiseido art egg賞の審査会に費やし、真摯な議論を重ねてくださった今井俊介氏 、大崎清夏氏、川上典李子氏に心から御礼申し上げます。
審査員所感
西太志展「GHOST DEMO」
壁一面を埋め尽くすように新作を含む絵画16点を並べた大展示室、立体作品や自身のスタジオの家具などで構成された小展示室と、圧倒的な量のものを会場に持ち込み、作家のこれまでの温めてきたプランを異なる二つの空間に全力でぶつけた展示だった。
その作品は、現代の情報のあり方に対する作家のリアリティから生まれたもので、鋭い批評性と共感しやすさをあわせ持つ。絵画の物語性や照明の使い方、絵に登場するポップなキャラクターの魅力も含め、人を楽しませるエンターテインメント性に富んでいた。審査員の大崎氏は「一番詩を書きたくなったのはこの展示だった。それは絵のなかにたくさんの時間があり、観客に時間の推移を想像させる喚起力があったからだ」と話した。
一方で、展示の仕方については賛否が分かれた。小展示室のインスタレーションには、川上氏から「ここでしかできない展示」とする声がある反面、今井氏からは「情報量が多く、焦点がぼやける」との意見もあった。隙間なく埋められた絵画は、絵を単体ではなく集合として見る独特の鑑賞体験を作り出していたが、会場を整理し、絵の一枚一枚をしっかり見せる構成にする方法もあったのではないか。
しかし、これだけの熱量で絵を描き続けられるのは才能を感じさせる。自身の関心と、人に見せる展示という場の関係をさらに研ぎ澄ませることで、今後より飛躍する可能性を秘めた作家である。
橋本晶子展「Ask him」
膨大な作業量を感じさせる白い紙の鉛筆画を、白い壁と同期するように提示し、そこに描かれたものや風景を通して、観客に遠い場所への想像力をもたらした。照明や隙間の巧みな使い方をはじめ、細部まで練られた完成度の高い展示で、紙の上に観客の揺れ動く影が落ちる演出も効果的だった。審査員の川上氏は、「単色の表現と空間の余白の行き来が気持ちよかった。静的だが決して閉じていない展示で、広がりも感じられた」と話した。
一方で、大崎氏からは「説明の少なさゆえ、受け取れるものが鑑賞者次第になってしまう点に危うさも感じた」との声もあった。また、今井氏は、「あえて個性を出さない描き方がされているが、今後はより表現力に幅を持たせることで、さらに面白い展開を見せる可能性がある」と話した。
橋本は今回、会場の条件を繊細に読み取り、そのなかで自分がどのような展示を行えば良いのかを冷静に見極めていた。自身と作品のあいだに距離を保ち、展覧会として人にどのように見せるのかというこの視点は、作家として重要なものである。
また、ステートメントの言葉の頑固さを含め、時代の変化のなかでブレない姿勢を持っていた点も評価に値する。社会の状況に右往左往せず、自身の仕事を着実に積み上げるその姿勢は、まだ世に出ていないほかの作家にも勇気を与えるものだろう。
藤田クレア展「ふとうめい な 繋がり」
3人のなかでは一番キャリアの浅い若手として、大胆な発想による新奇性とエネルギーに満ちた展示を作り上げた。巨大な噴水や、その周囲を囲む装置群による展示を、「銀座の地下で行われる秘密のボールダンスパーティー」に見立てる言語感覚も興味深い。今井氏が「ほかの二人と一人だけ競技が違う」と語るくらい、インパクトのある展示だった。
とくに特殊なのは、その性的なモチーフの扱い方だ。大崎氏は「じっとりしたエロティシズムに行きがちな日本で、ここまで性的なモチーフを明るく扱える人はなかなかいない。男性と女性のイメージの読み替えも明快で、次世代の参考になる」と話した。直感を展示に直結させる良い意味での軽さや、作家自身の魅力も含め、日本のアートに貴重な存在と言える。
機械仕掛けの装置が見せるぎこちない動きについては、川上氏が「本人が納得していない点など今後の改良を願うが、今回の作品は生きている人間や社会を感じさせるともいえる。サイエンスを取り込みつつも、そこに変に引っ張られていない点は興味深い」と話した一方で、今井氏からは「技術の不安定さについては、再考の余地はある」との指摘があった。技術の扱いをどう捉えるかによって評価が変わる展示でもあった。
コロナ禍を受け、藤田は自身のテーマや展示プランを真摯に見直した。そこで内容を大きく変えられる柔軟性や、自然科学とアートをエネルギッシュにつなげる手つきも含め、今後の伸び代に大きな期待が寄せられる作家である。
審査員
川上 典李子(ジャーナリスト・21_21 DESIGN SIGHTアソシエイトディレクター)
1986年に株式会社アクシスに入社、「 AXIS 」編集室を経て1994年に独立。デザインに関する記事の執筆に携わるほか、国内外での講演を行なっている。2007年より 21_21 DESIGN SIGHT アソシエイトディレクター。武蔵野美術大学、長岡造形大学、桑沢デザイン研究所非常勤講師。
今井 俊介(美術作家)
1978年福井生まれ。2004年武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻 油絵コース修了。旗をモチーフにした抽象的な絵画作品で知られるほか、各所で領域を超えた多彩な展示やパフォーマンスを企画。第8 回( 2014 年)shiseido art egg 参加
大崎 清夏(詩人)
1982年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。2011年にデビューし、 『 地面 』 を刊行。 2014 年第二詩集『指差すことができない 』 が第 19 回中原中也賞受賞。ダンサーや音楽家、美術家など、他ジャンルのアーティストとの共働作品を多く手がけ、子どもから大人までを対象にした詩作ワークショップや海外現代詩の翻訳・紹介活動も展開する。
撮影:加藤健
これまでのshiseido art egg賞の結果は下記よりご覧ください。