異なるジャンルのクリエーションに関わる3人が審査し、3つの個展の中で、資生堂ギャラリーの空間に果敢に挑み、新しい価値の創造を最も感じさせた展覧会にshiseido art egg賞を贈ります。
第17回 shiseido art egg賞
【速報】 第17回 shiseido art egg賞は、野村 在氏に決定いたしました。
2024年6 月12 日には授賞式を行い、当社、梶浦砂織‣アート&ヘリテージマネジメント部長(左)より、野村氏にトロフィー並びに賞金 20 万円を贈りました。
受賞の言葉
この受賞は私のものではありません。
これはこの展示を支えてくださった関係者の皆さんと、何より作品を観て参加してくださった方々ひとりひとりのあの体験が、芸術の新たな地表として優しく認められた事だと思っています。
私はこれからもこの世界を見つめ続け、作品に向き合いながら生きていきます。
ありがとうございました。
審査総評
本年の審査員は鬼頭 健吾、蓮沼 執太、平藤 喜久子の3氏が務めました。審査員は各展示を鑑賞し、作家からの解説を受け、対話も行った上で審査にのぞみました。
社会的なテーマを写真というメディア自体の問題と組み合わせて表現した林田 真季、多様なメディウムを用いて人間の死と生のあり方を問いかけた野村 在、ロトスコープという手法を用いた映像作品を主軸に、描くことや記憶について問い直そうとした岩崎 宏俊。いずれも写真や映像を主な表現手法とし、過去と現在・未来を重ねながら「記憶/記録」に関する物語性を提示した展示でした。対象を俯瞰的に捉える視点も共通しており、それが鑑賞者に自身の問題として考えさせる余白を生んでいました。
大きな方向性は共通していても、リサーチに基づき、社会問題を視覚的にも美しく表現した林田、展示空間や素材を巧みに扱い、人間の本質の可視化を試みた野村、高度なアニメーション制作技術をベースにした映像と、制作プロセス自体をモチーフにした作品を展示した岩崎と、表現は三者それぞれです。いずれも充実した展示であり、審査においては、空間の使い方や、一貫したテーマ性と表現のバリエーション、将来性など、多様な角度から検討が行われました。
林田はテキストの作品としての扱いやリサーチの奥行きに拡張の余地が期待されたこと、岩崎はメイン作品の変奏でモチーフが重複したことから、空間の使い方や鑑賞者が参加したり、作品の変化を何度も見たいと思わせる仕組みなどが評価され、第17回shiseido art egg賞は野村 在に決定しました。
なお、3名に共通して、時間性を扱うにあたっては、直線的なだけでない時間の捉え方を模索することにより、さらに発展する可能性があるとの示唆がありました。貴重なお時間を審査に費やし、多様な観点から審議を深めてくださった鬼頭健吾氏、蓮沼執太氏、平藤喜久子氏に心から感謝申し上げます。
審査員所感
林田 真季 「Water & Mountains:エコロジーと社会をめぐるワンダーランド」
ごみ問題に関するリサーチに視覚的解釈を加えたインスタレーションである。大展示室にはイギリスの過去の埋立地の一つを写した写真に手彩色を施し、その上にさまざまな埋立地の映像を投影。撮影地や撮影年等を曖昧にし、写真というメディアの虚構性も示した。対面の壁には東京23区の清掃工場の煙突を描いた作品を展示し、小展示室ではごみ埋立地で集めたガラス破片の写真などを並べた。清涼感のある色彩、余白を多くとった空間配置などにより、堅苦しさを感じさせずに、鑑賞者にこの問題を考えさせる余裕を発生させていた。
フィクションのつくり方に嘘がない姿勢に好感が持てるし、写真の虚構性を示しつつ、人間による利己的な行動による「意図せざる結果」について考えさせようという仕掛けも興味深かった。「アリス・イン・ワンダーランド」を踏まえた副題は、“思いがけず飛び込んだ土の中がゴミの世界だったら”などと連想させる。展示でも、自身の思考を多様な手法で展開させながら各地の問題を巡っていく、冒険的な世界を提示していた。
多様な写真表現それぞれが魅力的で、テーマには一貫性がある。視覚的に美しく、展示構成のまとまりもよい。ただ、その仕上げの美しさが個々の作品の弱さにも通じ、多少の“雑さ”や“悪さ”も必要だと感じさせた。また、テキスト量の多さは作家の熱量を示しているが、半面、やや説明過剰にもなっていた。テキスト以外の作品自体によって語らせるなどの見せ方を工夫することで、より鮮やかな展示になっただろう。文脈を無視した作品、思考するより先に偶発的に“できてしまった”作品も見てみたいと感じた。
社会問題の作品化には長い時間がかかるが、長く取り組み続けることで表現手法やテーマ性が自身の中に蓄積され、技術も上がっていく。また、より多くの場所でリサーチを行うことで、作品が真の多様性を孕むようになると考えられる。継続することで拡張し、強度を増していくだろう林田の今後が期待される。
野村 在 「君の存在は消えない、だから大丈夫 - It’s OK, the fact you exist will never fade even though this universe will be gone-」
亡くなった人の写真を水に印刷する、1人の人間のDNA情報を約90年間打刻し続ける、過去に撮影された世界中の肖像写真を燃やし、炎を長時間露光で撮影するなど、多様な手法を用いながら「人が存在した痕跡をどう記憶し、記録するか」という1つの明確なテーマを追求した。
空間の捉え方が巧みで、会場構成も洗練されていた。特に、DNA情報を打刻するテープを高い天井から吊るした作品は会場のスケールが生かされており、その打刻音が心臓の鼓動のリズムで響いていたのも、母の胎内にいるような心地よさにつながっていた。
水に写真を印刷する装置、炎の光を写した写真は、水葬やお焚き上げのイメージともあいまって「供養」「浄化」という言葉を連想させ、日本人的な死生観を呼び起こすが、同時に、死者に対する想いという人類に普遍的な感情をも浮かび上がらせた。日本の作家があまり宗教観を表出しない中で、野村の作品は国際的な言語をもち得たといえるのではないか。今回の作品のイメージ喚起力は作家の意図しないレベルまで達し、共感を引き出したと考えられる。
人の死の記録化や作品化は長く人類が行ってきた行為であり、その行為自体や光のヴィジュアル、連続的に動き続ける装置には既視感もあったが、展示全体ではオリジナルな物語性が生まれており、それらが瑕疵とはなっていない。データを物質化させて体感させる手法、亡くなった人の写真を一般から募る相互参加型の仕組み、ローテクとハイテク等、各要素のバランスもうまくとれていた。先端技術を駆使しながら技術依存になっていない点も評価できる。会期後半にはDNA情報の打刻テープは床に積み上がり、紫外線を照射しているポラロイド写真の褪色も始まった。作品の経時的変化も気になる、何度も足を運びたくなる展示となっていた。
総合的な完成度の高さや、表現の普遍性において一歩抜きん出ていたことから、今回のshiseido art egg賞は野村 在に決定した。
岩崎 宏俊 「ブタデスの娘/Daughter of Butades」
実写映像をなぞっては消し、その痕跡を見せていくアニメーションを中心に構成。大展示室ではその映像作品と、同作の1シーンを壁面に影で投影した。小展示室ではアクリル板に映像中のシーンをプリントして立てかけたインスタレーション、ゾートロープ等、映像の中の要素をモチーフに展開した。
個人的な記憶から始まる映像は、鑑賞者の共感を誘う内容である。記憶とは創造的なものだという認知科学的な発想の表現でもあるためか、個人史的でありながら集合的な記憶にも見える。ただ、人物の顔を描かないことを含め、万人に受け入れられやすい表現は、印象を薄める面もある。今作ではもう少し主観を打ち出した方が、作品の本質が掴みやすくなっただろう。また、東日本大震災に関しては、立場を明確にする方が震災を扱う必然性は増したと考えられる。映像内で西脇 順三郎の詩を使った点は、文学とこの手法を組み合わせた新たな表現の可能性を感じさせた。
踊り場の原画のうち、1点は時間軸の未来側から描いて消した“未来の痕跡”となっている。発想は新鮮であり、メディア自体に含まれる時間性を効果的に見せている点も評価できる。展示構成からはトータルで1つの世界を見せようとする真剣さが伝わるが、異なるアプローチの作品も加えると、さらにテーマが深まっただろう。照明やアクリル板の床への反射など、光の使い方は巧みで印象的だった。
高いアニメーション制作技術を持ちながら、そこをあえて表に出さず、コンセプトを大切にしていた点は好ましい。一方、言葉量が多く、作品の純度が淀みかねない点は気になった。わかりやすく伝えたい欲求は消し痕をノイズにならない程度に抑えていることにも表れているが、ノイズを出すことで印象が強まる可能性もあるだろう。空間によって物語る技術を身につけることで、作家の思いはより鑑賞者に届きやすくなる。今後も粘り強く創作活動を続けていくことを期待している。
審査員
鬼頭 健吾(美術家)
愛知県生まれ。京都芸術大学大学院芸術研究科教授。99年、アーティストによる自主運営スペース「アートスペースdot」(愛知県)を設立、在学中から作家活動を開始。フラフープやシャンプーボトル、スカーフなど、ありふれた既製品を使い、そのカラフルさ、鏡やラメの反射、またモーターによる動きなど回転や循環を取り入れた大規模なインスタレーションや、立体、絵画、写真など多様な表現方法を用いた作品を発表。主な個展に「Unity on the Hudson」Hudson River Museum、ニューヨーク(2023)、「Lines」KAAT神奈川芸術劇場、神奈川(2022)など。
蓮沼 執太(音楽家、アーティスト)
東京都生まれ。音楽作品のリリース、蓮沼執太フィルを組織して国内外での コンサート公演をはじめ、映画、演劇、ダンス、音楽プロデュース などでの制作多数。近年では、作曲という手法を様々なメディアに応用し、映像、 サウンド、立体、インスタレーションを発表し個展形式での展覧会やプロジェクトを行う。主なアルバムに『unpeople』(2023)、蓮沼執太フィル『symphil』(2023)。また、主な個展に『compositions』Pioneer Works・ニューヨーク(2018)、2018年には資生堂ギャラリーにて「蓮沼執太: 〜 ing」を開催。
平藤 喜久子(神話学者、國學院大學教授)
山形県生まれ。学習院大学大学院博士課程後期修了、博士(日本語日本文学)。日本神話を中心に他地域の神話との比較研究を行う。また、日本の神話、神々が表現や世の中の捉え方において、どのように取り扱われてきたのかというテーマに取り組むと共に、日本や海外の学生のために、日本の宗教文化を学ぶための教材を作るプロジェクトにも携わっている。著書に、『〈聖なるもの〉を撮る 宗教学者と写真家による共創と対話』(山川出版社、2023)、『「神話」の歩き方』(集英社、2022)、『神話でたどる日本の神々』(ちくまプリマー新書、2021)など多数。
第 17 回 shiseido art egg 賞トロフィーについて
日本の木「サクラ」で制作された世界でひとつのトロフィーです。本トロフィーは、カリモク家具*とのコラボレーションで実現しました。家具製造の過程で出る端材を再利用し、少し変形したようなたまごのフォルムは、社会に柔軟に適応しながら、多くの事を吸収するしなやかさを表現しています。
*カリモク家具:端材や未利用材を活用した製品の開発など、森林資源の有効活用を推進する木製家具メーカー。当社 BAUM ブランドの容器制作もコラボレーションしています。
撮影:加藤 健
記事:桜井 裕子
これまでのshiseido art egg賞の結果は下記よりご覧ください。