第14回shiseido art eggの入選者は、応募総数215件のなかから以下の3名に決定しました。
入選者3名は2020年4月、5月、6月に資生堂ギャラリーにてそれぞれ3週間の個展を開催します。
さらにこの3つの展覧会からshiseido art egg賞を選出します。
第14回 shiseido art egg/審査結果
審査実施報告
審査概要
応募受付: | 2019年10月1日~2019年10月15日 |
応募総数: | 215件 |
審査員: |
伊藤 俊治 (美術史家/東京藝術大学名誉教授/資生堂ギャラリーアドバイザー) 光田 由里 (美術評論家/資生堂ギャラリーアドバイザー) 資生堂 社会価値創造本部 |
審査員所感
*コメントはポートフォリオ審査の時の情報に基づいています。
伊藤 俊治(美術史家/東京藝術大学名誉教授/資生堂ギャラリーアドバイザー)
200を超える応募を、ポートフォリオとプロポーザルの関係を吟味し、具体的な展覧会を想定しながら審査してゆく。
提案されたプロポーザルが時代の新しい価値観を反映しているのか。込められたテーマは私たちに気づきをもたらし、日々の生活を豊かにするヒントを含んでいるか。それが一発勝負のプランではなく、しかるべき形で展開できる未来を孕んでいるか。ギャラリーの特別な空間で現実化してゆくための明快な方針を持っているか。構想された展示は今後の決められたスケジュールや予算、スタッフの中で実現可能なのか。
そうしたポイントに留意しつつ検討を繰り返す。根気のいる作業だが、力のこもった応募が多く、審査にも熱が入る。
今年、第14回shiseido art eggの審査のプロセスで特に心がけていたことを記しておきたい。それは資生堂ギャラリーのミッションの一つ、美をどのように新たに創造発信していけるかということである。現在進行形の美のアクチュアリティの問題と言い換えてもいい。
現代において美はもはや美学や教養に訴えるものでも、深刻さや重厚さを要求するものでも、完全性や調和を追求するものでもなくなっている。美はメディアやテクノロジーの大きな変容を射程に入れた、新たな感覚や認識と共振する自由な精神の現れである。それは偏狭な人間中心主義や排他主義からの脱皮を目指し、政治や経済への信頼が揺らいでゆく中、より輝きを増してゆくものと言えるだろう。
美は今やミクロやマクロの次元にも、人間と社会や環境の関係にも、無意識や記憶の中にも秘められている。そうした美の位相を再発見し、新たな形式で出現させる。
美は更新される必要があるが、その下には美の記憶の厚みが蓄積されていることも忘れてはならない。様々なレベルで美の循環の回路が欠損してしまっているこの時代に、美と再び出会う道筋が問われている。今回の審査では、そうした新しい美の創造に関わる作家のプロポーザルが選ばれたのではないかと考えている。
光田 由里(美術評論家/資生堂ギャラリーアドバイザー)
第14回shiseido art eggは215件の応募があった。
身近な家族を対象にした作品、環境、社会、歴史と様々な分野をリサーチする作家たちが増え、ドキュメンタリーの要素が応募プランのなかに高まっているのを感じる。リサーチを緻密に積み上げるというよりも、作家の体験から直接に得た事象を題材にしたプランが多かった。そうした体験やリサーチを基に制作するとき、どのような形にしていくのかは問われる。それはジャンルフリーの現代の美術において、たとえば国際展レベルにおいてさえも、様々に模索されている共通の課題かもしれない。今回の審査は、展示効果を重視して、つまり来場者がどのような視覚体験を得られるかを重点として行われた。
プロポーザルには、例年のようにインスタレーション作品が立ったが、その内容は多様である。映像インスタレーションをはじめ、立体、写真、ドローイングなどひとつのメディアのシリーズ作品を空間に展開するプランが意外に多かった一方で、様々な要素を組み合わせて空間に編み込んでいく、本来の意味でのインスタレーション作品にも力作があった。
橋本晶子のインスタレーションは、鉛筆画を貼る、吊るなど壁面や照明と呼応させ、家具と関係づけるよう繊細に配置して、空間全体を変容させようとする。飛ぶ鳥、風景など映像を思わせる描画とその余白としての空間。洗練された詩的な空間を体験したいと思わせてくれるプランである。
彫刻の範囲を超える大型作品プランや、来場者にスペシフィックな体験を提供する装置のプロポーザルにはやはり魅力を感じる。なかでも藤田クレアのプランは、ヒトの関係性をテーマに考察するため、そのモデルとなる大掛かりな装置を起動させるもの。頼もしいファイトを感じるプランを、ぜひ実現していただきたい。
西太志の絵画と彫刻は、筆力だけでなく、メディア拡張力もともに備えている。個室とネット空間を行き来するような、現代の人物像を新たに立ち上げることが期待できる。
今年は会期が例年より早まって春からの開始になるため、応募期間も変更になった。そのせいか応募者数の減少は気にかかる。本展は年齢や国籍、これまでのキャリアに関わらずプロポーザルを応募できる。実現したいプロジェクトをぜひぶつけてみてほしい。歴代の受賞者のみなさんが、本展発表経験を活かして次の展開につなぎ、活躍されているのは、大変意義があることで、理由もあると考える。shiseido art eggは専門スタッフのサポートを受けながら大壁面を持つ資生堂ギャラリーの空間で発表できる稀有な機会である。
入選者
西 太志 Nishi Taishi
絵画
1983年 大阪府生まれ
2015年 京都市立芸術大学大学院 美術研究科修士課程 絵画専攻油画修了
京都府在住
目標の一つであった資生堂ギャラリーで発表する機会をいただき、大変嬉しく思っています。
近年は、絵画と現実との関係性や匿名性をモチーフにした作品を制作しています。絵具の筆跡や粘土の触感、物質感とが現実の出来事とうまく調合できれば、見たい景色を作れる気がします。
審査員評
伊藤 俊治
西太志のプロポーザル「GHOST DEMO」は、絵画という形式が、様々なレベルで幻想と現実が入り混じり、繋がる界面であることを証明しようとする。
これまでも西は「ここではない何処か」や「日常に潜む異質性」をテーマに制作し、幻想が現実と衝突し、干渉する場が絵画であることを示してきた。今回のプロポーザルではさらに一歩進め、画像(イメージ)と物質の相互性に注目しながら、これまでにない空間の中で新たなリアリティを生起させようとしている。
具体的には大型絵画作品16点を壁に展示し、そのイメージと対比させるように“私空間(プライベート・スペース)”を構成しようとするものだ。“私空間”には段ボールや机椅子、冷蔵庫や本棚など私生活を彷彿とさせる実物や立体作品を紛れ込ませる。それらがゆっくり画像の霊を吸いとったり、画像に霊を送りだしたりする。
西には現実が全て亡霊のように思えてしまうことがある。まわりに満ち溢れる様々な情報や経験をモザイク画のように集め、その差異を判別できないように溶け合わせ、絵画として再構築してゆく。
「GHOST」は亡霊という意味とともに、世界を覆う時代精神を指すこともある。画像と物質の独自の浸透と配置が私たちの時代の密やかな精神性を映し出すことができるだろうか。楽しみなデモンストレーションである。
光田 由里
強い描線を持つ画家の西は、人物をあらわしながら、彼を線のなかに埋没するように描く。そう見えながら実はその線が集積することでかろうじて人物が成り立っているようでもある。彼は情報化社会の人間像をテーマにしているという。
ギャラリーの大小ふたつの空間には、大画面絵画の展示と自室にたてこもる小立体作品がそれぞれ並ぶ予定である。個人の部屋の密室性とネット空間の茫々たる情報集積がダイレクトにつながっている現代感覚を、そのままリテラルに示しているのだろうか。shiseido art eggでは久しぶりの絵画作品展示になる。
彼の絵画と立体の関係も興味深い。まさに描画の集積が物体化したような、描き塗りこめられたような陶土の頭部である。絵画から分離してきた立体、あるいは描画が画面の外部に集積したような物体。絵から立体へとつなぐメディア拡張のエネルギ―が、今回のプランのテーマになる情報から身体への浸透力または身体が情報へと埋め込まれていくベクトルとパラレルになる。そこを見てみたい。
橋本 晶子 Akiko Hashimoto
インスタレーション
1988年 東京都生まれ
2015年 武蔵野美術大学大学院 造形研究科修士課程 日本画コース修了
東京都在住
今回、このような展示の機会を頂きどうもありがとうございます。資生堂ギャラリーのあの白くて大きな壁と作品に取り組めること、とても嬉しく思います。あらためてギャラリーを歩き回って眺めてみると、空間が膨らんでいるようにも、小さな箱のようにも見えて、不思議なところだと感じました。
期間中、この場所に足を運んで頂けたら幸いです。
審査員評
伊藤 俊治
「はるけさ」という言葉があるが、橋本晶子のどの作品にもそうした特別な距離を感じとることができる。それは単なる隔たりではなく親密さが染み通った不思議な感覚だ。眼前のものを見ていながら、遠くのことを感じたり、考えたりしているような気分にさせられる。近くと遠くが密かに重なり合う。
「絵画は現在ではなく遠くのことを想起させる仕掛けを持つ」と橋本が言うのはそうした感覚ゆえなのだろう。
プロポーザルの「Ask him」はギャラリーの壁や光影と対話しつつ、「道」や「渡り鳥」といった「ここ」と「よそ」を結びつけるテーマの鉛筆画を配し、さらにグラスや卓上ライト、机や植物鉢といった現物を置くプランである。空間全体をもう一つの包括的な絵画にしようとする試みと言ってもいいかもしれない。
一枚一枚の絵画の組み合わせと連続性により特別な場が生まれ、鑑賞者がそこを巡り歩きながら時間感覚を変化させ、いつのまにか絵の内部へ入り込んでしまっている。新たな構造と形式の“画中画”のような風景がそこに現れてくる。
W・ベンヤミンはこのようなイメージと現実が錯綜する場を“イメージ空間”と称したが、その場でしか立ち現れることのない、一回性の生まれる機会の創造を期待したい。
光田 由里
静物と鳥の描画イメージの配置から、現実の場とは別の空間を想起させたいという意図は新鮮である。
額、カーテン、机、スタンドなどが配置されてギャラリーは室内空間のようにしつらえられる。壁面に貼られ、あるいは吊られる橋本の鉛筆画は繊細に描かれて、透明感があり、映像の断片を思わせる。飛ぶ鳥、風景は、余白を活かして描かれ、紙の外へも広がりをもつ。かろやかで断片的なものが、空間の余白をもって配置される。そうすることで、ギャラリー全体を詩的に変容させるプランである。作家は、鉛筆画が支持体の紙の外部にも広がりを感じさせるように、展示空間の外側にもイマジナルな広がりを感じさせたいという。
額は絵と想像上の窓をつなぐフレームになるだろうか。半透明のカーテンも、窓のないこのギャラリーを作家の詩的空間につなぐ通路になるとともに、マテリアルの薄い鉛筆画という絵の、アナロジーにも見えるだろう。鉛筆で描かれるものたちは影のように見え、卓上スタンドの光、吊られた紙の実際の影とあいまって、存在するものとイメージとが対等に交錯するならば、プランは成功すると思う。
藤田 クレア Claire Fujita
インスタレーション
1991年 中国北京生まれ
2018年 東京藝術大学大学院 美術研究科修士課程 先端芸術表現専攻修了
東京都在住
憧れだった資生堂ギャラリーで個展ができる機会をいただき、大変光栄です。
地下にある広々とした空間で、作品が踊れる秘密のダンスパーティーを企画する気持ちで。コソコソ、ワクワク、ドキドキしています。
ここでたくさんの人とアイデアに出会えることが楽しみです。
審査員評
伊藤 俊治
藤田クレアのプロポーザル「Invisible connection –不透明な繋がり–」は、作品が相互浸透の“現場”となることを目指すものである。鑑賞者はその現場を目撃し、自らの感覚や意識の変容を体験する。
中心となる作品「The Silent Dance –静かなダンス–」は、蘭の花を模した八角形の噴水を囲んだ金棒が一定間隔で動き、ピストン運動で空気を送りだす。微かな空気の漏れる音や水滴の音が混じる中で繰り広げられるマシニックなダンスは、性的なメタファーや物質感覚の混在を想起させながらダイナミックなリズムを生み出してゆく。
複数の異なった性質を持つものがどう結びつき、交感しているのかを、物質の動きや素材の変容、音の混成といった様々な要素間の関係により開示しようとする。それまで見えなかった界面や境界線が現れ、作家と作品と観客の位相が重なりあう。彫刻概念の変容を核とした新たなモビールを志向する実験と言っていいかもしれない。
光田 由里
応募プランに書かれた、人間の関係性を考察するという目的の設定、それを物質に置き換えて実験しようとする制作の動機が、ユニークでありリアリティがある。思索を物に置き換える作業こそ、美術の王道なのだとも思う。それが大掛かりな装置のかたちになるところに、藤田のエネルギーとファイトが感じられ、たいへん頼もしい。
作家がプロポーザルする大掛かりな噴水は、水への空気の噴射、水の落下と金属柱の運動、といった物質と物質の干渉と対比を生み出す装置で、男性性や女性性が端的にビジュアライズされる。物量、物の動く音や速度が増量するなら、たいへん強い迫力を持ち暴力的にさえ見えるかもしれない。それでもどことなくユーモアがあるため、愛らしさのある装置になりそうだ。
ほぼ等身大の二本のつながれた金属棒や、フレームの中で揺らされる缶の作品も、疑う余地なく物がすっぱりと擬人化されている。かなり明快なこの擬人化が今回のプランの特徴でもあるし、彼女の作品のユーモアの発生源かもしれない。
以下の3名の審査員が上記3つの展覧会のなかからshiseido art egg賞を選出します。
・ 今井 俊介(美術作家)
・ 大崎 清夏(詩人)
・ 川上 典李子(ジャーナリスト、21_21 DESIGN SIGHT アソシエイトディレクター)
※第14回shiseido art egg賞受賞者は、3つの個展終了後、当ウェブサイトにて発表します。
応募状況
これまでのshiseido art eggの審査結果は下記よりご覧ください。