第15回 shiseido art egg/審査結果

審査実施報告

第15回shiseido art eggの入選者は、応募総数243件のなかから以下の3名に決定しました。
入選者3名は2021年9月~12月に資生堂ギャラリーにてそれぞれ23日間の個展を開催予定です。
さらにこの3つの展覧会からshiseido art egg賞を選出します。

審査概要

応募受付:  2021年3月30日~2021年4月13日
応募総数:  243件
審査員:  伊藤 俊治(美術史家/東京藝術大学名誉教授/資生堂ギャラリーアドバイザー)
光田 由里(美術評論家/資生堂ギャラリーアドバイザー)
資生堂ギャラリー学芸スタッフ
社員審査員 ※社員が参画する価値創造プログラムに参加した社員

審査員所感

*コメントはポートフォリオ審査の時の情報に基づいています。

伊藤 俊治(美術史家/東京藝術大学名誉教授/資生堂ギャラリーアドバイザー)

初めての Web による公募でYouTube 映像の視聴や電子ポートフォリオの確認など不慣れな点はあったが、今年も力のこもった見応えのある応募作品が数多く集まった。一次審査、二次審査、最終審査と、社員審査員も交え活発な意見が交わされ、実り多い第 15 回 shiseido art egg 審査会となった。

花吹雪が降り注ぐような日本美を抽出した鮮やかな空間インスタレーション、細やかな気配を捉えるサウンドとオブジェを組み合わせたジェンダースタディ、行程や場所を重視した人類学的アプローチで次元の交差点を浮上させるフィールドワークなど、応募作品のテーマや内容はバラエティに富み、全体として資生堂ギャラリーの空間特性を意識した具体的で緻密なプロポーザルが多かった。

また当然ながらコロナ禍時代を反映する作品も目につき、特に選出された三作品には時代の危うさや希望の在処を問う意識が共通して秘められ、あらためて「アートの経験」ということを考えさせられた。三作品にはアートだけが提供できる経験を共有しようとする方向性があり、それが作品に力を与えていたように思う。

ポルトガルの詩人フェルナンド・ペソアの遺作『不安の書』(高橋邦彦訳 新思索社)に、誰にでも起こっていることを不幸と呼んではいけないという印象的な一節がある。死や老い、病いも不幸ではない。それはいつか誰にでも訪れるものなのだから。そのような日々の営みの中で、銀河の星の光が微かに自分を照らしているような不思議な透明感を持った風景が『不安の書』には瞬く。

ペソアの存在の不安の底には強い抒情と閃きが潜む。現代美術もまたそのような僥倖の輝きを持つべき時なのかもしれない。選ばれた三作品には先行きの見えない時代の中で新しい価値を生み出してゆく貴重なヒントが孕まれている。

光田 由里(美術評論家/資生堂ギャラリーアドバイザー)

shiseido art egg の公募にも、コロナ禍は影響を及ぼすことになりました。第 15 回は、初めての Web 応募に踏み切りました。どう状況が変わるかと心配されはしたものの、総数はさほど減らず、年齢層が引き下げられたわけでもなく、一安心ではありました。今後とも Web応募は継続する見込みです。逆に Web に慣れている 20 代の方が減ってしまったのは残念です。

たしかに art egg は狭き門かもしれません。今回も様々に練り上げられた応募プランが寄せられました。手近な材料でさくっと作っただけのプランだと、なかなか採択は難しいと思います。でも、この機会に選ばれたなら、資生堂ギャラリーからの物心両面でのサポートが実現するのです。だからドリームプランの応募は可能です。できるならこんなことがぜひしたい、そんな思いを応募していただきたいと思います。
感染対策を考えたために、パフォーマンスや参加型の作品について、採択をためらってしまったことがありました。来年からはそんな必要がないことを願います。

さて、今回選ばれた 3 名の作家の方たちのプランは、いずれも力業といってよい大作です。実は egg と呼べるだろうか、これまでに実績を積んできた方たちも含まれています。それでも新しいことに挑戦し、実現の簡単でない大作のプランを果敢に出してきてくださった、そのプランの魅力から選ばれました。彼女たちがこれから実現する作品が、次回の応募者の方々をひきつけて、ここで発表したいと思っていただけることを願います。

入選は厳正に審査をし、議論をし、多数決で決定しました。偶然にも 3 名の方たちはいずれも東京藝術大学出身者となりましたが、もちろん学歴は無関係に審査が行われます。プランの持つ説得力、なぜこれを作るのかがはっきり伝わることが重要になります。

今回の審査では、資生堂社員の方々がゲストとして加わってくださいました。応募書類を深く読み込み、様々な考察をはりめぐらせたうえ、参加してくださったのです。自分自身の場所から応募作をきちんと理解しようとする態度ゆえに、議論がまとまらない時も少なからずあり、改めて審査の難しさを痛感する体験にもなりました。実際、多くの惜しかったプランがありました。

入選者

石原 海 Umi Ishihara

インスタレーション
展覧会会期:2021年9月14日~2021年10月10日

1993年 東京都生まれ
2018年 東京藝術大学美術学部先端芸術表現科卒業
2021年 ロンドン大学ゴールドスミスカレッジファインアート学科アーティストフィルム在学中(休学中)
福岡県在住

アタシの作っている映像作品は、色々な人の助けや協力があって成立するもので、たった一人きりで成り立つものではありません。制作を続けてこれたこと、いまも続けることが出来ている理由は、波乱万丈な旅を一緒に歩んできてくれた才能のある人たち、そして人生の中で何度も出会っては許されてきた友人たちのおかげです。その愛すべき人たちとこれからもこの奇妙な旅を続けてゆくためにも、資生堂ギャラリーという最高な場所での展覧会をがんばりたいと思います。

石原 海 Umi Ishihara
撮影:点子
「ローズシティ」2016 HDヴィデオ、薔薇、三面モニター、テキスト
「ローズシティ」2016 HDヴィデオ、薔薇、三面モニター、テキスト
「UMMMI.のロンリーガール」2016  HDヴィデオ、プロジェクター、ipad、Tumblr ウェブサイト、看板、紙
「UMMMI.のロンリーガール」2016  HDヴィデオ、プロジェクター、ipad、Tumblr ウェブサイト、看板、紙

審査員評

伊藤 俊治
石原海の「重力の光」は、フランスの哲学者シモーヌ・ヴェイユの『重力と恩寵』(富原真弓訳 岩波書店)からインスピレーションを受けて作られる作品である。複数の工場で未熟工として長く働き、疲労と病いでクタクタになったヴェイユがポルトガルへ赴き、一人立ち寄った夜の寒村で初めて聖性に直接触れ、美とは真理に至る唯一の道であることを確信する。この世界はひたすら下落へ向う重力に支配され、それから逸れようとしても重力に支配された精神は誤謬を繰り返す。だから自ら高まろうとするのではなく、待ち望むという姿勢が望まれるのだ。下落から逃れ、高みに昇るには恩寵によるしか無い。ヴェイユの淋しい夜の村での経験を北九州のある教会での体験に置き換え、礼拝する人々により行われるキリスト復活劇をメタフィクションとして現実へ交差させるこの「映画インスタレーション」が、どのような身振りを顕在化させるのか楽しみである。

光田 由里
石原さんのプランはまだ未着手の映像によるインスタレーションで、それがどんなものになるのか、つかめないのが正直なところです。とても困難に見えるこの作品が、ぜひ実現してほしい、そのために art egg という枠組みが役に立つのではないか、と考えました。
撮影場に選んだ北九州にあるという教会は、作家を呼び寄せて住まわせるほど強い磁場を持っているのでしょう。そこに集う人たちと共同作業で、社会の現実に踏み込んでいきながら、映像を作るというのですから力業です。
旧作は、ジェンダーや恋愛などの作家自身のテーマにファンタジーとセンスで独特の取り組み方をした映像作品で、評価を受けてきたものと思います。しかし今度は、他者の現実とわたりあうという冒険に加え、作家は宗教にも踏み込もうとしています。大きくて重いテーマです。敬愛するシモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵』からタイトルをとったという≪重力の光≫、すべてのものに分け隔てなく降り注がれる重力と恩寵と光がどんな形になるのか、待たれます。

菅 実花 Mika Kan

インスタレーション
展覧会会期:2021年10月19日~2021年11月14日

1988年 神奈川県生まれ
2021年 東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻博士後期課程修了
千葉県在住

このたびは展覧会の機会をいただき光栄です。コロナ禍という実際に人と会うことや、外出することが難しい状況において、何ができるだろうか、何をするべきだろうかと模索しています。私は人形という人間ではないものを写真に撮ることによって、レンズを通した世界の中でリアリティを探究してきました。それは単に本物/偽物や実像/虚像といった二項対立ではなく、それらが複雑に混ざりあった近未来の身体観を予測したものでした。私たちの生活や行動が変化することによって、想像していた未来は思ったよりも早く訪れるのかもしれません。

菅 実花 Mika Kan
「A Happy Birthday」2019 インクジェットプリント
「A Happy Birthday」2019 インクジェットプリント
「生誕前記念写真01」2019 インクジェットプリント
「生誕前記念写真01」2019 インクジェットプリント

審査員評

伊藤 俊治
菅実花の「Spectrum」(仮)は、人形、ロボット、クローン、アンドロイドといった作家が展開してきたテーマを踏まえながら、新境地を切り開こうとする意欲的な展示となっている。
資生堂ギャラリーの特性を生かし、大ギャラリーは大型写真と小さなポラロイド写真、分光シートを使った吊りモビール、小ギャラリーは LED ライトによる光学インスタレーション、踊り場ではスライドショーとテレイドスコープ(万華鏡)と、それぞれ空間の経験の質を異にする構成で、分身と放射の場が重層的に生み出されている。
カズオ・イシグロの最新作『クララとお日さま』(土屋雅雄訳 早川書房)は、孤独を癒すAI ロボットと病弱の少女の友情を描く長編小説だが、ロボットはここでは人間のいい面やダメな面を照らす分身として機能し、人が人であるが故の最も悲しい部分が精緻に描かれている。ロボットは人間の本質に光を当て、心の美質や価値を体現する希望のスペクトルとなる。菅実花の「Spectrum」(仮)も、人間と人形(AI)の関係を問い続けてきた作家の新側面を引き出す展示となることだろう。

光田 由里
これまで菅さんが発表されてきた写真作品では、人形と生身の人間がフレームの中で示す微細な差異、生きているものと生きていないもののあわいを写し取る大画面が魅力的でした。今回の応募作品は、写真作品に加えて、額の中から一歩踏み出してギャラリー空間のインスタレーションに挑戦するもので、作家がどのように新たな領域を作り出してみせるのか期待します。
光学的装置ボルマトリクスを使って、虚像を現出させるプランは、実体のなさと視覚的な鮮明さを同時に体験させるでしょう。そのトリッキーな効果に、光を変容させる様々な工夫が加わる時、ごく当たり前な見るという行為が、光への身体的反応なのかと自問するような体験を作り出してくれそうです。そこにあるものに命があろうとなかろうと、区別せずに写す写真の視覚像は、菅さんの問題設定にぴったりした手段だと思います。今回の、実際にギャラリーの場で光の虚像と実物を観客に直接見せるプランは、同じテーマにかなり異なる方向からアプローチするものだと考えます。

中島 伽耶子 Kayako Nakashima

インスタレーション
展覧会会期:2021年11月23日~2021年12月19日

1990年京都府生まれ
2020年東京藝術大学美術研究科美術専攻博士後期課程修了
秋田県在住

目標であった資生堂ギャラリーで展示できる機会をいただき、とても光栄に思います。
この文章を書いている途中で、パートナーとの喧嘩が始まってしまいました。早く仲直りしたいのですが、簡単にはいかないかもしれません。自分と自分以外の対象との距離感は今回の作品のテーマでもあります。時代とともに価値観が開かれることで、私たちは多様さを知るチャンスを得ました。しかし同時に、無自覚に他者を傷つける場面も増えた気がします。
資生堂ギャラリーが持つ場所の魅力を活かしながら、丁寧に作品を作りたいと思います。

中島 伽耶子 Kayako Nakashima
撮影:Duncan Wright
「light dress」2019  アクリル樹脂、電球、自然光、LED電球、色紙、ボタン、配線コード
「light dress」2019  アクリル樹脂、電球、自然光、LED電球、色紙、ボタン、配線コード
「風穴について」2019  自然光、アクリル樹脂、器 撮影: 飯川雄大
「風穴について」2019  自然光、アクリル樹脂、器
撮影: 飯川雄大

審査員評

伊藤 俊治
あるコミュニケーションが生まれると、そのコミュニケーションを成立させている絶縁体のようなディスコミュニケーションの領域が浮かびあがってくる。中島伽耶子の「Hedgehogs」の展示プランを見た時、そんなことを思った。ザックリと空間を切り裂く、天井まで届く仮設壁、ハリネズミのトゲのように虚空に降り注ぐアクリル板、踊り場から見渡す怪物のような自分の大きな影.....鮮烈な空間へのアプローチが作品の前提としてあり、それらは見えない亀裂や深淵を想起させてくる。だから巨大な壁が自分を閉じ込めるものなのか、何か暴力的なものを封じ込めているのか判然としない。私たちが生活する環境に潜在する無自覚的な不安が、人の動きに応じて行き交う光と音により流動する。踊り場、大ギャラリー、小ギャラリーという三重構造を生かし、呼び鈴やセンサー、防犯ベルなどを駆使し、見えないネットワークや境界が重なり合う私たちの現在を浮かび上がらせる実験作である。

光田 由里
この作品が実現する空間に立ち、音を体験してみたい、そう思わせるプランでした。
資生堂ギャラリーの個性的構造をうまく使って、アクセスできないからっぽの「閉じられた部屋」を作り出し、「見えない壁の向こう」を出現させる。壁の前で、立っていることしかできないわたしたちには、コロナ禍の現状と通底するであろう、見知らぬ身体感覚が生じてきそうです。突然鳴り響くベルに驚かされるのは、軽い恐怖なのか、それとも覚醒の合図になるのでしょうか。
何かの主張を掲げるというより、見る人それぞれが作品体験によって、自分の問いを見つけられるような、作品自体が問いかけの装置になるだろう点も魅力です。
作家が研究しているという田中敦子(1932-2005)に、≪ベル≫(オリジナルは 1955 年)という作品があります。田中のベルは、空間のなかをリレーするようにいくつものベルが大音量で一個づつ鳴り響いていく、時間と空間を音だけで表現する作品でした。中島さんは先人の作品を参照点に、2021 年にふさわしい光と空間の体験をプランにしています。参照点をはっきりさせる彼女の態度に興味がわきます。

第15回shiseido art egg賞 審査員

上記3つの展覧会のなかからshiseido art egg賞を選出します。

金沢 健一(彫刻家)
小田原 のどか(彫刻家・評論家・出版社代表)
小林 エリカ(作家・マンガ家)

※第15回shiseido art egg賞受賞者は、3つの個展終了後、当ウェブサイトにて発表します。

※新型コロナウイルス感染症の状況により、内容およびスケジュールに変更等が生じる可能性があることを予めご了承ください。

応募状況

応募状況

これまでのshiseido art eggの審査結果は下記よりご覧ください。