第13回 shiseido art egg/審査結果

審査実施報告

第13回shiseido art eggの入選者は、応募総数269件のなかから以下の3名に決定しました。
入選者3名は2019年7月、8月、9月に資生堂ギャラリーにてそれぞれ3週間の個展を開催します。
さらにこの3つの展覧会からshiseido art egg賞を選出します。

審査概要

応募受付:  2019年1月15日~2019年1月29日
応募総数:  269件
審査員:  伊藤 俊治 (美術史家/東京藝術大学名誉教授/資生堂ギャラリーアドバイザー)
光田 由里 (美術評論家/資生堂ギャラリーアドバイザー)
資生堂 社会価値創造本部

審査員所感

*コメントはポートフォリオ審査の時の情報に基づいています。

伊藤 俊治(美術史家/東京藝術大学名誉教授/資生堂ギャラリーアドバイザー)

第13回shiseido art eggには269件の応募があった。公募の告知がずれたためか前回より総数は下回ったが、熱意のこもった充実したプロポーザルが多かった。内訳を見ると、応募者数の男女差はほぼ無く、年代別では20代、30代が中心だが、40代、50代、60代もかなりの数にのぼり、多様な世代からこの公募展が注目されていることがわかる。
プロポーザル審査なので、作品テーマの独自性やアクチュアリティはもちろんだが、そのテーマをギャラリー空間でどう構成してゆくのか、その計画をどう具体化するのか、さらにその展示が一過性のものではなく継続的な展開の可能性を秘めているのかといった多面的な視点から検討と審査が行われた。
実は今回気になったのは表現ジャンルの分類である。応募者はエントリーシートの第一項目で「絵画」「彫刻」「版画」「工芸」「写真」「映像」「その他」とジャンルを選択するようになっている。美術大学で教鞭をとるようになり30年以上になるが、常々、こうした分類には悩まされてきた。今なお多くの人々がそうしたカテゴライズに縛られているにもかかわらず、現状は絵画科で写真や映像を制作する学生もいれば、彫刻科でガラスやテキスタイルを素材にする学生も大勢おり、学科や専攻の自律性はとうの昔に崩壊してしまっているからだ。現代美術の現場ではそういった越境や交配はさらに顕著であり、ジャンルやカテゴリーがダイナミックな流動状態に入ってから久しい。資生堂ギャラリーは特別な場の構造や磁力を持っているのだから、場所性や空間の質を重視した応募形式に変えてゆくほうが望ましいのではないだろうか。枠組みが解体し、ジャンルが多層に混在する場でどのような新しい美と知が、新たな思考や創造の営みが生まれてくるのかが重要である。表現の細分化や固定化はトータルな形でアートの未来を考える視点を見失わせてしまう。
従来の分野や体系ではもはやカバーできない〈経験→思考→実践〉という形で開示される現在的なアートの力を、資生堂ギャラリーという贅沢で訴求力のある場で見てみたいと思う。

光田 由里(美術評論家/資生堂ギャラリーアドバイザー)

選出の方法は今回も例年にならい、審査に関わる全員が応募者のファイル269点すべてを熟読し、付帯のDVDを視聴した。残したい作品案に票を入れ、複数票が入ったものを再度見直す、それを繰り返すかたちで絞り込みながら、1票のみ得票の場合でも推薦理由が明示されればそれを共有して残していく方法である。
大掛かりな物量のインスタレーション・プラン、パフォーマンスのプランなど、一般的な「展覧会」の枠を超えるユニークな案を多数応募していただき、とても激戦だったといえる。正直に申し上げて、最終的に残った10あまりの案からの選出は容易ではなく、話し合いを繰り返した。結果的には選外となったが最終候補者の方々は国際色も豊かで、プランに大いに魅力と可能性があったことを申し添え、今後のご応募にも期待させていただきたい。
植物をテーマやモチーフにした興味深い作品が目立ったのは、偶然ではないかもしれない。応募作から感じられたのは、植物という対象から、自然、食、科学、歴史、倫理、地域など様々な局面が見えてくるだけでなく、無理なくファンタジーや美的な表現をも受けとめうる豊かさだった。
今村文のプランは、脆弱な素材を用い独自の方法で草花をあらわし、観察と幻想が交錯した不思議なリアリティを予感させた。独自なものでありながら、いにしえからの植物模様、エンブレムや紋を思わせて、新たな摂理を示す様式のようでもある。遠藤薫の布に焦点を置いたプランは、動植物から素材を得る染織の歴史の層を基盤にして活かしながら、身をもって現代アジアの社会生活に切り込んでいくパフォーマティブな要素がある。小林清乃は、名もない女性たちのプライベートな言葉に注目して、戦時の過去から埋もれた語を丁寧に拾い上げる。それらを発語することで再生させ、ポリフォニーの装置に仕組んで、あらたに言霊を響かせるプランである。いずれも、女性の視点で大文字の歴史を相対化させ、触覚的、体感的なアピール力をもつ魅力的な作品となるだろう。
3名とも女性作家の選出となり、ジェンダーバランスが良くなかった。もっともart eggの応募には、手法、ジャンルの区分はもちろん、国籍のしばりはなく、年齢の制限もない。
この企画がより多様なあり方に開いて、問いかけとメッセージを受けとめる機会となり、多くの来場者とそれらを共有できる場になって成長していけるよう、応募者と来場者の皆様にこれからも育てていただきたく思います。入選者のみなさま、おめでとうございます。いい展覧会を見せていただけることを楽しみにしています。

入選者

今村 文 Fumi Imamura

インスタレーション
展覧会会期:2019年7月5日~2019年7月28日

1982年 愛知県生まれ
2008年 金沢美術工芸大学大学院美術工芸研究科絵画専攻油画コース修了
愛知県在住

資生堂ギャラリーはいつか展示してみたい場所のひとつだったので、このような機会を頂き大変嬉しく思います。私の作品はお花の絵です。それだけですが、それで見たい景色があります。見たいけれども見えないお庭を作ろうと思っています。お花や虫には自我がありません。けれども心はあります。自我を持たない彼らはむしろ心そのままなんじゃないか。喜びや悲しみが純粋な形でそこにあることに私は憧れを感じます。そんな心を透明なまま庭に埋葬できたらと思います。

今村 文 Fumi Imamura
「ぼたん羽虫華鬘」2018 紙に水彩、コラージュ
「ぼたん羽虫華鬘」2018
紙に水彩、コラージュ
「水のない池」(部分)2018 紙に水彩、墨 photo:Mina Ino
「水のない池」(部分)2018
紙に水彩、墨
photo:Mina Ino

審査員評

伊藤 俊治
今村文のプロポーザルのタイトル「見えない庭」は、我々の身体もまた庭の一部であることを感知させる場になるだろう。地下のような空間に作られたその庭を体験することで、気づくことのなかった自身の内部の庭を現出させる。
私たちの身体は自然であり、意識的に作られたものではない。だから身体は意識で加工された世界から抜け出る出口をいくつも内包させている。その身体を見えない庭に戻し、その庭で考えたことや感じたことを大切にし、その身体感覚を信じる。
庭(ガーデン)は「囲い込まれた空間」を意味する言葉であり、その言葉には自然と人間の相互性が映しだされている。クロード・モネは有名なジヴェルニーの庭を作り、庭をキャンバスに変える庭師画家となった。池を作り、水路を導き、野菜や果物を植え、温室を拵え、緑と赤、黄と青といった補色関係で花々を配置していった。「見えない庭」はモネの明澄な庭とは異質な地下の庭だが、そこには身体の深みとアニミスティックな生命力が溢れ、来訪者にかつてない体験をさせてくれることになるだろう。

光田 由里
水彩と硫酸紙によろい、ペインティングと切り紙とを融合させたような今村の方法から、半透明で、押し花のようなエアプラントのような、新しい植物が萌え出てきた。絵のような立体のような植物たちは、あえて脆弱な素材で実体化され、花も茎も根も全草が薬草に見え、毒か有効成分かを秘めている。彼女の植物たちは、観察と幻想が交錯した不思議なリアリティを感じさせる。唐草文様を思わせるそれらは、植物の写生と考察から、デザインと文様が生みだされるエンブレム誕生のプロセスを内包しているようだ。
ロマン派の画家フィリップ・オットー・ルンゲ(1777-1810)が残した「時」の連作「朝」、「昼」、「夜」(1807)を引き合いに出すのは唐突かもしれないが、植物の凝視から把握した摂理を、精緻に具体化しようとする方向に共通項があるだろう。
資生堂ギャラリーの持つ高さのある空間において、作品のやわらかい存在感を活かしたインスタレーションになるのが楽しみである。

小林 清乃 Kiyono Kobayashi

サウンド・インスタレーション
展覧会会期:2019年8月2日~2019年8月25日

1982年 愛媛県生まれ
2005年 日本大学藝術学部映画学科卒業
東京都在住

時に、日々生きている中で芸術を続けることが困難に思うときがあります。
納得のいかないできごとや悲しい別れなど一時的であれ、全てを無効にするように感じます。しかしそんな中にあっても光を見出すことができる始まりもまた芸術の場所にあることを知りました。今回の展示では戦時中、若い女性たちによって書かれた手紙に綴られる声が登場します。彼女たちの言葉に敬意を払い、空間に現れる声が新たな形ある姿をもてますよう、媒体としての作家の役割を果たしたいと思います。この度は展覧会の機会を与えて下さりありがとうございます。

小林 清乃 Kiyono Kobayashi
「Polyphony 1945」(部分)2017 ミクストメディア
「Polyphony 1945」(部分)2017
ミクストメディア
「Polyphony 1945」(部分)2017 スコア ー初稿ー 1945年葉月、長月
「Polyphony 1945」(部分)2017
スコア ー初稿ー 1945年葉月、長月

審査員評

伊藤 俊治
小林清乃はこれまで儚く消え去ってゆく無名の人々の言葉に関心を持ち、自己と社会の関係性を核とした制作をおこなってきた。そうした過程で彼女は言葉の固有性や普遍性と、現代のグローバルなネットワーク社会でも言葉はしたたかに生き続けていることを強く感じとる。
言霊(ことだま)という言い方があるが、この時代に生きる生者やこの世にない死者ばかりではなく、忘れ去られた人々や放置された人々の言葉を呼び起こし、過去・現在・未来を同時進行する無数の物語を集合させようとする試みが、今回のプロポーザルのタイトル「ポリフォニー 1945」である。
第二次大戦前後の日本に焦点を当て、混乱する時代の影に隠れた女性たちの体験を、「コトバの実体」を抽出した手紙を読み上げ、演ずることで生きかえらせる。このサウンド・インスタレーションが歴史的な言説から逃れた、どのようなリアリティを発することができるか楽しみである。

光田 由里
忘れられていた言葉を収集し、声としてのみ再生させる作品。それは演劇ではなく、文学の領域からも位相を異にして、空間体験として展示されるよう編まれた。小林の作品はサウンドインスタレーションということになるのだろうが、プライベートに書かれ封印されたままだった手紙の言葉が、作家と出会い、発語のパフォーマンスを得て、未知のひとたちの人生を呼び起こしていく。これは、再生装置というべき面をもっている。個人、女性、学生、生活という舞台裏の面からとらえらえた戦争が、声によって描かれ、強い体験として実体化することで、生み出される鎮魂と哀悼の浄化を、この夏、会場を訪れて確かめたい。
展示には、実物の手紙に加えて、プロジェクトにかかわった人たちの会話が別のインスタレーションを形作るという。これら三つの環は、言葉が次の言葉を生み出す連鎖、個人の体験が、別の人に伝わって別の記憶となる、言葉の作用を立ち上がらせるだろう。

遠藤 薫 Kaori Endo

工芸
展覧会会期:2019年8月30日~2019年9月22日

1989年 大阪府生まれ
2013年 沖縄県立芸術大学工芸専攻染めコース卒業
2016年 志村ふくみ(紬織, 重要無形文化財保持者)主催, アルスシムラ卒業
ハノイ/大阪府在住

資生堂ギャラリーが誕生して、今年で100年。
そのような節目に展示に参加できることを、心より嬉しく思います。
私は、「工芸」の本質に関心を持っています。
華美な装飾品でも、規範化されてしまった工藝でもない、或る一つの工芸の本質について。
「銀座」という場所でそのようなテーマに取り組めることは、私にとっては大きな喜びがあり、やりがいのある挑戦になると思います。
歴史の重圧に押しつぶされないよう、作品制作に励みます。
ご高覧いただければ幸いです。

遠藤 薫 Kaori Endo
「ウエス (Waste)」2018 雑巾、映像
「ウエス (Waste)」2018
雑巾、映像
「Thanks, Jim Thompson」2018 タイ絹布、絹糸
「Thanks, Jim Thompson」2018
タイ絹布、絹糸

審査員評

伊藤 俊治
遠藤薫のプロポーザルのタイトル「intextile /前後の事情を考慮して」は、布に編み込まれた物質、経験、身振りを掬い上げ、無名の人々が長い時代に渡り織り成してきた手の痕跡を通し私たちの時代を再発見しようとする試みである。
昨年、テキスタイルをアートとして確立し、古代の染織技術や文化をモダンアートの実践と結びつけた、バウハウス・テキスタイルの中心人物アニ・アルバースの回顧展を見る機会があり、改めてその物質的な存在感と記憶の重層性に目覚めさせられたが、染め上げ、型どられ、無数の糸が錯綜し浮かび上がる特性にはもっと新しい光が注がれるべきだろう。そのためにも展示にはよりデリケートな配慮が必要だし、布の細かなニュアンスを活かしきる場の構築が不可欠である。
今回のプロポーザルは東南アジアや日本の布を介して様々な形や色のパターンを空間に配し、さらに沖縄の紅型作品を対比させ、異なった布の群島状の構成により布の奥に潜む精妙なパルスを湧き立たせようとするものである。一本一本の糸の無限の交錯は視覚的なものというより触覚や聴覚、臭覚まで含んだ共感覚を内包させている。そうした感覚の織りなす特別な場の揺らめきを実現させて欲しい。

光田 由里
日本の美術大学のカリキュラムでは工芸と美術は分かたれることが多い。遠藤が「工芸」にこだわろうとするのはしかしそれよりも、染織の歴史がになってきたジェンダー的役割への意識があるのかもしれない。支配階級の豪奢のために尽くされる京都的な精緻な技巧ではなく、沖縄で生活の必要と地元の産物の交点から生み出される技法、アジアの広がりの中ではぐくまれてきた染織方法に自分の立脚点を選ぶ彼女の態度から、今回の作品は生みだされている。
動植物を採取し選んで加工し、染織の素材が造られる。織や染めの手わざ以前に、そうした生き物たちとの何段階かの関係がある。過程を経て作られるものは人の生活において関係性のなかに置かれる。それらのプロセス全体に「工芸」の可能性を見てパフォーマティブに自身が関わっていこうとするこの作品は、ギャラリーの内部だけでは完結しないだろう。物としての染織の魅力とダブルイメージになるはずの、作家のプロジェクトが楽しみである。

以下の3名の審査員が上記3つの個展のなかからshiseido art egg賞を選出します。

・ 有山 達也(グラフィックデザイナー)
・ 住吉 智恵(アートプロデューサー/RealTokyoディレクター)
・ 小野 耕石(美術家/版画家)

応募状況

応募状況

展覧会「第13回 shiseido art egg」

第13回 shiseido art egg賞

これまでのshiseido art eggの審査結果は下記よりご覧ください。

資生堂ギャラリー公式アカウント