第16回 shiseido art egg/審査結果

審査実施報告

入第16回shiseido art eggの入選者は、応募総数260件のなかから以下の3名に決定しました。
入選者3名は2023年1月~5月(仮)に資生堂ギャラリーにて個展を開催します。

さらにこの3つの展覧会から第16回shiseido art egg賞を選出します。

審査概要

応募受付:  2022年5月10日~2022年5月24日
応募総数:  260件
審査員:  伊藤 俊治 (美術史家/東京藝術大学名誉教授/資生堂ギャラリーアドバイザー)
光田 由里 (美術評論家/資生堂ギャラリーアドバイザー)
資生堂ギャラリーキュレーター
社員審査員 ※社員が参画する価値創造プログラムに参加した社員

審査員所感

*コメントはポートフォリオ審査の時の情報に基づいています。

伊藤 俊治(美術史家/東京藝術大学名誉教授/資生堂ギャラリーアドバイザー)

第16回shiseido art eggには昨年を上回る多くの応募があった。テーマやメディア、素材や手法も多彩であり、パンデミック以降の複雑で多様な時代状況を反映しているように思えた。テーマ設定の有効性、空間を有機的に結び付けてゆく構成力、計画の実現可能性、一過性ではない継続力や発展性等を確認しながら審査にあたったが、ポートフォリオや資料映像音響をチェックしてゆく過程で、現在のアートに求められているものは何なのだろうかという思いが何度か頭をよぎった。もちろん答えは一つではない。例えばアートは共有可能な叡智の創出へ向かっているのではないかと考えたりする。

5年に一度、ドイツのカッセルで開かれている現代美術の祭典ドクメンタは質量共に世界最大の美術展であり、今後のアートを占う重要なイベントだが、15回目を迎えた今回は異例なことにディレクターとしてインドネシアのアートグループ「ルアンルパ」が選ばれている。
アジア初の芸術監督であり、21世紀型の共同創造によるアートを実践してきたアクティヴィストたちである。先鋭なアーカイブ思考や〈ルルの学校〉等の教育活動で知られる「ルアンルパ」がドクメンタ 2022のテーマとして掲げたのは「ルンブン(米倉)」だった。
ジャワやバリを旅すると必ず見かける「ルンブン」はインドネシア語で、集落の人々が共同で活用する高倉式の穀物庫のことであり、人々はその下に集い、議論を交わし、コミュニティの課題を解決してゆく。「ルンブン」という言葉には共同体に内在する深い知識の意味が秘められ、多様なアイデアを活用し、共有すべきものとして練り上げてゆく姿勢が含まれる。
そうした意向の下、ドクメンタの参加アーティストは「ルンブン・アーティスト」と呼ばれ、開催前からカッセルに招聘され、作品制作のための現地調査や参加者交流のための「ミニマジュリ」と呼ばれるミニ協議会を繰り返してきた。アーティストには「互いに取り合う」のではなく「共に与え合う(共与)」ルンブン精神に基き、共同創造や共同思考の新しい道筋を生み出してゆくことが求められる。

戦争や疫病の余波は衰えることなくトラウマや強迫観念となり、いまも私たちに影響を与え続けている。アートはその視野や活動を広げつつ、他者と生きるためのあらゆる要素の再検証という実験を続けてゆかなければならない。共に生き延びるために集い、時代が抱える困難な問題を乗り越えてゆく。「ルアンルパ」の示すこのヴィジョンはshiseido art eggのプロポーザルにもさまざまな形で潜在しているように感じた。

光田 由里(美術評論家/資生堂ギャラリーアドバイザー)

shiseido art eggも第16回を迎え、美術作家の登竜門のひとつとしてすっかり定着したのだと思う。当初は、まだ生まれる前の「エッグ」を対象に設立された本展も、だんだん受賞歴のある作家からの応募ケースも目立つようになって、デビュー後のさらなる次のステップのための場になっていく可能性も感じられた。たしかに、資生堂ギャラリーの空間は、若手作家が個展を行うには、なかなかに手ごわいスケールかもしれない。作家自身のぜひ発表したいと望む方向がはっきりとし始める頃に、応募していただくのにふさわしい場だとも考えられる。近年の入選者にはそのような充実が見られていた。
一方で、まだ固まりきらないプランをもった応募者がこの場にそれをぶつけて、まだ見ぬ自信作を実現する場でもあってほしい。ギャラリースタッフがそのサポートをしてくれる場でもあるからだ。今回の応募作には、可能性の芽のようなアイデア、まだ踏み込めていないままにまとめられたプラン、着地点をまだ探しているような案が目立ったように思う。それは、「エッグ」ゆえの可能性でもあるのだろう。

さて、資生堂社員審査員の活躍の場も広がっている。真剣に審査に取り組んでいただき、自らの見方で応募作を語る言葉にも力がこもっていた。審査の場は常に、全員一致というわけにはいかないが、そこで交わされる意見交換そのものを貴重だと思う。
今回の入選作家の展覧会は来年行われる。それはこれまでのスケジュールからすると多少イレギュラーなことではあるが、引き続き今後もアートエッグへの応募作に期待したい。思い切った実験、個性的な視点を拝見できる場となることが、本展の重要な目標だと思う。

入選者

岡 ともみ Tomomi Oka  会期:2023年1月24日~2023年2月26日(予定)

インスタレーション

1992年 東京都生まれ
2022年 東京藝術大学美術研究科先端芸術表現専攻修了
現在同科博士後期課程在学
東京都在住

2018年・2019年 「オープン・スペース」(インターコミュニケーションセンターICC、東京)参加
2019年 個展「どこにもいけないドア」(ギャラリーASK?P 、東京)

目標としていたshiseido art eggでの入選、大変光栄です。終わりの見えないコロナ禍で、作品の発表や制作のペースも落とさざるを得ないような時期が続きました。しかしながら、本作は、自身の作品制作を方向づける岐路となるような作品でもあり、昨今の情勢の中で世の中や自分自身についてじっくりと考える時間を持てたことは幸運だったとも言えるかもしれません。資生堂ギャラリーという美しい場所と呼応しながら、鬱々とした日々を解き放つように、作品を組み立てていけることを楽しみにしています。

岡 ともみ Tomomi Oka  会期:2023年1月24日~2023年2月26日(予定)
「岡山市柳町1-8-19」 2018 ミクストメディア インスタレーション 撮影:野口羊
「岡山市柳町1-8-19」 2018 ミクストメディア インスタレーション 撮影:野口羊
「どこにもいけないドア」 2019 木戸、映像 インスタレーション 撮影:野口羊
「どこにもいけないドア」 2019 木戸、映像 インスタレーション 撮影:野口羊

審査員評

伊藤 俊治
岡ともみの「サカサゴト」は異界と結界をテーマとし、物質と非物資の世界の越境を試みるインスタレーションである。タイトルの「サカサゴト」とは、「あの世」と「この世」の逆転現象を言う。つまり旅立つ死者のための「北枕」や湯灌時の「逆さ水」、「逆さ屏風」や「左前」の死装束など、「あの世」を「この世」と逆にするしきたりが今も日本には残る。
この「サカサゴト」の世界を具体化するため展示空間には柱時計が並ぶのだが、その盤面数字は反転し、針も逆回転している。しかし周りの壁面に貼られた鏡面素材には正転する時計が認められ、観客は「あの世」から「この世」を見ていることに気づかされる。そして古時計に嵌め込まれたモニターには今や消え去りつつある日本の葬送の風習や儀礼が映し出される。作家は祖父の死に際し、棺に青い紫陽花を手向け、火葬後に遺骨がうっすら青く染まっていたことに強い感銘を受けたという。この作品でも個人のかけがえのない記憶や消えゆく風習への道筋を示し、異界と現実の境目でそのリアリティを物質化しようとしている。

光田 由里
異界を日常とは逆だとみなして厄を避けようとする「サカサゴト」という不思議な風習に着眼した作品プラン。大小の展示空間をうまく使ったインスタレーションの案は大量の古時計の存在感とともに、見る者のイメージが深めやすく、社員審査員の大きな支持を得た。動きと光のあるこの空間に、サカサゴトの音(とは?)が効果を高めると想像する。

YU SORA ユ・ソラ 会期:2023年3月7日~2023年4月9日(予定)

インスタレーション

1987年 韓国、京畿道生まれ
2011年 弘益大学(Hongik University, 韓国)彫塑科卒業
2020年 東京藝術大学大学院美術研究科 彫刻専攻修士課程修了
東京都在住

2022年 BankART Under35展 (BankART KAIKO、横浜)参加
2021年 「普通の日」 (あまらぶアートラボ A-lab、兵庫・Namdong Sorae Art Hall、仁川)

この度、素敵な場所での展覧会の機会をいただき光栄です。
日常はともすれば崩れてしまう脆いものでもある。たくさんの人が、普通に過ごしている日々の大切に気付き、安堵感を感じるような日常を描きたいと、作品を作り続けています。
コロナ禍や戦争で不安が続き、世界の日常の姿も、人々の気持ちも変わった今だからこそ、私の描く「日常」に共感をいただけたと思います。
悲しくとも嬉しくとも、変化は「新しい日常」と呼ばれ、すぐまた「日常」と呼ばれる日が来ます。みなさんと日常について共感できることを楽しみにしています。

YU SORA ユ・ソラ 会期:2023年3月7日~2023年4月9日(予定)
撮影:加藤甫
「帰るところ」 2020 布、糸、紙、プラスチック等 インスタレーション
「帰るところ」 2020 布、糸、紙、プラスチック等 インスタレーション
「帰るところ」 2020 ミクストメディア インスタレーション 撮影:加藤甫
「帰るところ」 2020 ミクストメディア インスタレーション 撮影:加藤甫

審査員評

伊藤 俊治
YU SORAの「もずく、たまご6コ入り」は、ミシンや刺繍を使ったドローイングの平面作品と、プラ板(低発泡塩化ビニール)で原寸大の家具やカーテンの形を再現し白布と黒糸を貼ってゆく立体作品を組み合わせたインスタレーションである。パンデミック以降、私たちは「日常」の意味を再考せざるを得ない状況の中にある。あまりに密着しすぎて、仔細で、捉え難い「日常」が''世界の戦争化''により失われてしまうと、人間の生活など跡形もなくなることを私たちは知った。日常生活を続けてゆくことが人間の生の最低条件であり、それ無しに私たちは生き延びることはできない。つまり私たちが何気無く暮らす日常が実は私たちを私たちたらしめていたことが明らかになる。アートの役割とはその術(クンスト)を明確にしてゆくことである。そうした日常への新たな切口がこの作品では示されることになるだろう。

光田 由里
白い空間に白い布で日常の空間を再現し、ドローイングを施すように黒い糸が縁取っている。軽やかでしゃれたイメージに、少しずつものが置き換わったりするゲーム性も加わるという。立体的なイラストレーションともいえるこの作家の手法には、一度見たら忘れられない印象深さがある。日常から生々しさや情念を取り払った、現代的なかろやかさがある。

佐藤 壮馬 Soma Sato  会期:2023年4月18日~2023年5月21日(予定)

インスタレーション

1985年 北海道生まれ
北海道在住

2020年 第23回文化庁メディア芸術祭 アート部門 審査委員会推薦作品
2022年 KYOTO STEAM 2022 (京都市京セラ美術館、京都)参加

日本における芸術文化発信の重要な場として歴史を重ねてきた特異な展示空間で、〈私〉がどのように反応し、何が現れてくるのか、また、そこに在るものに、ご高覧くださる方々が何を感じられるのか、今からとても楽しみです。制作過程の始まりから、展示の終わりまで、そしてその痕跡も、時間と共にうつろい続けるそれらは、ただ〈私〉が考えることから離れて、自由であってほしいです。心にふれるかもしれないわからない何かが、そこに在ってほしいと願っています。
最後に、この機会をいただけたことに深く感謝いたします。

佐藤 壮馬 Soma Sato  会期:2023年4月18日~2023年5月21日(予定)
「あなたはどこでもないところから眺めみる」 2019 映像、音 インスタレーション 第23回 文化庁メディア芸術祭 アート部門 審査委員会推薦作品
「あなたはどこでもないところから眺めみる」 2019 映像、音 インスタレーション 第23回 文化庁メディア芸術祭 アート部門 審査委員会推薦作品
「Of Flowers」 2022 ミクストメディア インスタレーション サイズ可変  Kyoto Steam 2022@京都市京セラ美術館 撮影:麥生田兵吾
「Of Flowers」 2022 ミクストメディア インスタレーション サイズ可変  Kyoto Steam 2022@京都市京セラ美術館 撮影:麥生田兵吾

審査員評

伊藤 俊治
佐藤壮馬の「おもかげのうつろひ」は、豪雨が降ったある夜、樹齢650年と推定される大湫の御神木が倒壊した事件をモチーフとしている。神籬(ひもろぎ/神霊を招き下す界域)信仰の対象だったこの巨木は人間には感知できない深遠な次元の奥行きを秘め、風雨や落雷に見舞われながら生き延び、その歴史の一端を村人に畏れとして感知させてきた。そして負傷者を一人も出すことなく、近くの民家を避けるように大地へ身を横たえた。作家は巨木が倒れた後、その土地の風土や景観、記憶や伝承を新たな形でとどめようと、物体表面にレザー光線を照射する3Dスキャンにより倒木現場を点座標として詳細に記録する。この内部が空洞化し、透明化したイメージで再現する行為は、表層を記録するとともに神木に内在する時空を追体験する経験にもなった。あるいは巨木を永遠に葬る儀礼のように感じたと作者は述べる。作品の中でかつての時代と場所の断片が浮遊し、人々の記憶の底の原風景が舞い上がる。集合的な無意識を顕在化する新たな実験と言えるだろう。

光田 由里
複数のプランのなかで、「おもかげのうつろひ」のタイトルで、古木のご神木が倒れたことからインスピレーションを受け、その樹木の歴史や状態をリサーチする過程が示されていたのが興味深かった。ほかにいくつかのテーマを分散させて展覧会を作るプランだったが、このご神木のテーマをより深めてユニークな形にすることが、佐藤さんの本来の目的のように感じられた。

第16回shiseido art egg賞 審査員

上記3つの展覧会のなかからshiseido art egg賞を選出します。

磯谷 博史(美術家)
温 又柔(小説家)
諏訪 綾子(アーティスト・food creation 主宰)

※第16回shiseido art egg賞受賞者は、3つの個展終了後、当ウェブサイトにて発表します。

※新型コロナウイルス感染症の状況により、内容およびスケジュールに変更等が生じる可能性があることを予めご了承ください。

応募状況

応募状況

これまでのshiseido art eggの審査結果は下記よりご覧ください。

資生堂ギャラリー公式アカウント