資生堂ギャラリーは、1919年のオープン以来「新しい美の発見と創造」という活動理念のもと、アートによる美しい出会いや経験を人々に提供する活動を続けてきました。
私たちが住む世界は、いまも不安定な状況で日常生活は変化し続けています。このことは人々の価値観や生活様式だけでなく、芸術・文化を取り巻く環境にも影響を与えています。こういう時代だからこそ、私たちは現実を柔軟に受け入れながら、新たな未来に向けてアートがはたせる役割を問い続けていきます。
shiseido art egg(シセイドウアートエッグ)は、2006年にスタートした公募プログラムで、瑞々しい新進アーティストによる「新しい美の発見と創造」を応援するものです。入選者は資生堂ギャラリーで開催される通常の企画展と同様に、担当キュレーターと話し合いを重ね、ともに展覧会を作り上げます。
第16回目となる本年度は、全国各地より260件の応募をいただきました。今回も資生堂ギャラリーの空間を活かした独創的なプランが多く提案されましたが、選考の結果、独自の視点から今日の世界の新しい価値観や美意識を表現する 3名、岡 ともみ(おか ともみ)、YU SORA(ゆ そら)、佐藤 壮馬(さとう そうま)が入選となりました。
入選者の個展を2023年1月24日(火)~5月21日(日)にかけて、それぞれ開催いたします。時代が抱える不安や困難な問題にも真摯に向き合い、生み出される作品は見るものに新たな気づきをもたらすことでしょう。本展覧会がよりよい社会を実現する一助になりましたら幸いです。
なお、今年度のshiseido art egg賞*の審査員には、今日のクリエイティブシーンで活躍するプロフェッショナルとして、磯谷 博史(美術家)、温 又柔(小説家)、諏訪 綾子(アーティスト/food creation主宰)の3氏をお迎えして審査を実施します。
*3名の入選作家の展覧会のなかから、資生堂ギャラリーの空間に果敢に挑み新しい価値の創造を最も感じさせた作品に贈られる賞。今回は2023年6月頃に資生堂ギャラリー公式ウェブサイトで受賞者を発表予定。
資生堂は、「BEAUTY INNOVATIONS FOR A BETTER WORLD(ビューティーイノベーションでよりよい世界を)」を企業使命として定めています。アートによってもたらされる美しい出会いや経験は、これまでになく不安定な世の中において、私たちの生き方や考え方の一つの案内役になるかもしれません。それは、たとえ日常の小さな一部であったとしても、私たちを変えていくイノベーションにつながるものであり、今日の世界を美しく、よりよくするのは、私たち自身の行動だとも言えます。
岡ともみは、個人の大切な思い出や消えかかっている風習など、見過ごされがちな小さな物語を封入した装置を作り、記憶を空間に立ち上げることを試みています。本展覧会では、自身の祖父の葬儀での経験から、死者が出た際に日常の様々な動作を逆に行う「サカサゴト」という風習に着目しました。インスタレーションを通じて、日本各地に残る風習を紐解き、形骸化しつつある葬送の形や死との向き合い方について再考していきます。
目標としていたshiseido art eggでの入選、大変光栄です。終わりの見えないコロナ禍で、作品の発表や制作のペースも落とさざるを得ないような時期が続きました。しかしながら、本作は、自身の作品制作を方向づける岐路となるような作品でもあり、昨今の情勢の中で世の中や自分自身についてじっくりと考える時間を持てたことは幸運だったとも言えるかもしれません。資生堂ギャラリーという美しい場所と呼応しながら、鬱々とした日々を解き放つように、作品を組み立てていけることを楽しみにしています。
YU SORAは、白い布と黒い糸を使った刺繍の平面作品や、家具やカーテンなど実物大の立体作品を組み合わせたインスタレーションで些細な日常に向き合う作品を展開しています。パンデミックや戦争、災害が続き、何気なく暮らす日常は儚く簡単に崩れてしまいがちです。本展ではギャラリー空間に生活の舞台である部屋を創ります。鑑賞者はこの舞台で自身の日常を重ね、その尊さを感じながら日常に思いを巡らすことでしょう。
この度、素敵な場所での展覧会の機会をいただき光栄です。日常はともすれば崩れてしまう脆いものでもある。たくさんの人が、普通に過ごしている日々の大切に気付き、安堵感を感じるような日常を描きたいと、作品を作り続けています。コロナ禍や戦争で不安が続き、世界の日常の姿も、人々の気持ちも変わった今だからこそ、私の描く「日常」に共感をいただけたと思います。悲しくとも嬉しくとも、変化は「新しい日常」と呼ばれ、すぐまた「日常」と呼ばれる日が来ます。みなさんと日常について共感できることを楽しみにしています。
佐藤壮馬は時空間における身体と心の問題を主題に、表象の背景にある記憶や慣習について考察しています。複製技術を用いてアーカイブされたものを制作に取り入れるなど、モノや空間が持つ時間の流れや、それらとの関係性を表現することを試みてきました。本展では、一昨年大雨により倒れた岐阜県の神明神社の大杉を3Dスキャンで複製し構成する新作を中心に、科学と信仰の時空のズレや交わるところと私たちの心の在り方を探ります。
日本における芸術文化発信の重要な場として歴史を重ねてきた特異な展示空間で、〈私〉がどのように反応し、何が現れてくるのか、また、そこに在るものに、ご高覧くださる方々が何を感じられるのか、今からとても楽しみです。制作過程の始まりから、展示の終わりまで、そしてその痕跡も、時間と共にうつろい続けるそれらは、ただ〈私〉が考えることから離れて、自由であってほしいです。心にふれるかもしれないわからない何かが、そこに在ってほしいと願っています。最後に、この機会をいただけたことに深く感謝いたします。