shiseido art egg賞-クリエーションに関わる様々な分野で活躍する3人が審査し、3つの個展の中で資生堂ギャラリーの空間に果敢に挑み、新しい価値の創造をもっとも予感させると評価した展覧会にshiseido art egg賞を贈ります。
第7回 shiseido art egg賞
第7回shiseido art egg賞はジョミ・キムさんに決定しました。
4月2日に行われた贈賞式において、当社執行役員の杉山よりキムさんに記念品並びに賞金20万円を贈りました。
受賞の言葉
資生堂アートエッグを通して出会えた全ての方に、今はただ感謝の気持ちでいっぱいです。制作面のみならず多方向から頂いたサポートやアドバイスはこれから何度も思い出し、改めてその大きさに気付き、より深い意味や今は気付いていない違った側面が見えてくるのだろうと思います。わざわざ足を運んで展示を見に来て下さった方々やお世話になった方々、本当にありがとうございました。この経験を生かした良い作品づくりができるように頑張ります。
審査総評
本年の審査員は岡田利規、鴻池朋子、袴田京太朗の3氏が務めました。審査員は3つの展示を鑑賞し、各作家のポートフォリオを確認し、意図や手法について作家本人に質問をするという過程を経て審査にのぞみました。
3人のアーティストには、“日常”を作品化して提示するという、ノンフィクションに通じる要素が共通項として見られましたが、インスタレーションに光と音を組み込んだ久門剛史、消臭ビーズやアルミ風船など、会期中に状態の変容する素材を用いたジョミ・キム、女性像を投影しながら、母親の記憶を語る女性の声を流した川村麻純と、とりあげる“日常”の要素やそれをフィクション化する方法論は、各作家の関心や個性によって全く異なっていました。
審査は、フィクション化に際しての手法や強度、自分自身と向き合った深さ、作家の問題意識が作品にどこまで明確に表れているか等が焦点となり、最終的に、魅力的な空間構成や、物事の本質を把握する力の高さへの評価、将来的な可能性への期待から、第7回shiseido art egg賞はジョミ・キムに決定しました。
貴重なお時間をshiseido art egg賞審査に費やし、それぞれの立場から幅広い視点を提示し、真摯に議論してくださった、岡田利規氏、鴻池朋子氏、袴田京太朗氏に心から御礼申し上げます。
審査員所感
久門剛史展
2013年1月8日(火)~30日(水)
床に置かれたゴミ箱が光ったり、飛行機の轟音や少女の声が響いたりなど、光と音をコンピュータプログラミングによって制御したインスタレーションである。繰り返される毎日の中の小さな変化に気づきを促すことを作家は意図したというが、この作品の面白さは、それよりも、ゴミ箱やビールケースが光る驚きや、その光自体の美しさ、あるタイミングで音が聴こえてくる意外性などにあったといえる。この作品の構想も、おそらくそこから始まったのではないだろうか。
大展示室に家、小展示室に会社を配した展示空間は、音や光だけではなく、彫刻科出身の作家らしく、ある「かたち」にまとめることで表現したいという志向が現れており、容易でない表現に挑戦し、格闘した姿勢は評価したい。
半面、日常をフィクション化するにあたって、細部の詰めが甘く感じられる点が多かった。声はなぜ老若男女ではなく少女のものだけなのか、なぜ会社の土台はビールケースなのかなど、それぞれの構成要素についてコンセプトに精密に照らし合わせて問い直し、場合によっては、潔く整理することも必要だろう。また、東京などの都会で暮らしている人特有の生活の雰囲気が漂い、“日常”として普遍性を感じさせるところまで到達しきれなかったこと、スタイルに既視感が感じられたことも惜しまれた。光や音の美しさという、自身の関心の方向性を素直に受け入れ、その要素に直接的に対峙した方が、より驚きを感じさせる表現、より純粋なリアリティのある表現としてつくりあげられた可能性もある。その方向においてどのような作品がつくられるのか関心がもたれる。
ジョミ・キム展
2013年2月5日(火)~28日(木)
消臭ビーズでつくったネックレス、マスキングテープで造形した家、つけまつげを組み合わせたオブジェなど、弱いものをくっきりと見せる手つきが鮮やかで、パーソナルな素材をパブリックな作品として提示することに成功していた。テンポラリーな素材を、いかに永続性のある素材と拮抗するように存在させるかという問題意識が明確であり、展覧会の主題と作品がしっかりと結びついていた点も高く評価できる。
踊り場にアルミ風船が顔を出し、大展示室では消臭ビーズがきらめき、ギャラリーを出るときに「illusions」の文字が見えるなど、空間構成も巧みだった。
一方で、仕上げ方が非常に洗練されているため、表現したい内容と素材とのズレから始まる創造過程での葛藤を回避しているとみえる面もあった。素材の特性を美しく示すことより、素材に攻撃的に切り込んでいくスタンスがあってもよかったかもしれない。今回の展示は、消臭ビーズや風船がきらめいていた会期前半の方が、それらが消え、しぼんだあとの会期後半よりも魅力的に見えた。たとえば、消臭ビーズだから時間の経過とともに消えて当然と考えるのではなく、補充して量を変化させない、あるいは逆に増やしていくなど、その特性を逆手にとる方法もある。そういった“嘘”を成立させるのも、フィクションならではの面白さであり、新たな手法への取り組みが次の表現で大きく結実する可能性を感じさせる。
弱さに向き合うことは、創作の本質的な要素である。その点について自覚をもつと、より表現は深化していくだろう。今回、ホワイトタックやアルミホイルを用いた作品で挑んだ文字や言葉の要素を空間構成に取り入れる試みも、さらに追求していってほしい。
川村麻純展
2013年3月5日(火)~28日(木)
女性2人1組の映像を、観客は、第三者の女性の声で語られる母親や姉妹の記憶にまつわる話を聴きながら鑑賞する。会場には母と娘、姉妹の映像作品のほか、妊婦の写真も展示され、女性たちの多様な関係性が提示されていた。縦長のポートレイトのように見える映像と、観客のための椅子が配された会場構成は、特別インパクトが強いわけではないが、完成度が高かった。
語られるのは投影されている女性たちの個人的な物語である。最初はあくまで他人の個人的な出来事だが、聞いているうちに、鑑賞者自身の記憶も引き出されたり、その物語の中に入り込んでいったり、という体験が促される。さらに、個人の物語から離れ、日本の過去数十年の社会全体の変化を表すような普遍性を獲得するに至っている。
それは、映像と音声との組み合わせが意識的に変えられ、世代もずらされていること、語る声が第三者のものであること、言葉が周到に整理されていることなど、フィクションとして素材をうまく再構成しているためだろう。フィクションとして作品化するテクニックは、映像、音声両面の細部にわたって発揮されていた。
一方で、普遍性を感じられるかどうかは、観客の資質に委ねられる部分が大きく、人によっては深く入り込めないところもありうる。また、作品に強度がある半面、まとまりがよすぎる面もあるので、例えば、母と娘の映像を重ねて投影させるなど、観客を主体的に巻き込む方法についてもう一歩進んで模索してもよいだろう。
なお、作家は相手に語ってもらう前に、自ら母の記憶を語るのだという。対象と関わる誠実な姿勢が生んだ作品といえる。
審査員
岡田 利規(演劇作家、小説家、チェルフィッチュ主宰)
1973年神奈川生まれ。1997年、演劇カンパニー、チェルフィッチュを結成。言葉と身体の関係性を軸にした独特の方法論を更新し続け、演劇作業を実践している。2005年に『三月の5日間』で第49回岸田國士戯曲賞を受賞。2007年にデビュー小説集『わたしたちに許された特別な時間の終わり』を発表し、第2回大江健三郎賞を受賞。2012年より、岸田國士戯曲賞の選考委員を務める。2013年、初の書き下ろし演劇論『遡行 変形していくための演劇論』(河出書房新社)を刊行。
鴻池 朋子(美術家)
1960年秋田生まれ。東京芸術大学美術学部絵画科日本画専攻卒業後、玩具のデザインを経て、1997年より絵画、彫刻、アニメーション等の手法で現代の神話を壮大なインスタレーションで表現し国内外で高い評価を得ている。大原美術館個展、東京オペラシティアートギャラリー個展、霧島アートの森個展他、森美術館、ドレスデン州立美術館、広州トリエンナーレ、釜山ビエンナーレ他多数。2012年より東北で「美術館ロッジ」、「東北を開く神話」展を企画し風土と美術を考える活動をしている。
袴田 京太朗(彫刻家)
1963年静岡生まれ。武蔵野美術大学造形学部彫刻学科卒。リアルとフェイクという両義的なものの在り方に焦点を当て、近年は、色とりどりのアクリル板を積み重ねた彫刻のシリーズで注目を集めている。最近の個展に2011年「人と煙と消えるかたち」(静岡市美術館)、2012年「扮する人」(MA2Gallery)、2013年宇都宮美術館でのグループ展「ミニマル|ポストミニマル1970年代以降の絵画と彫刻」など。
資生堂ギャラリー第六次椿会に2007年から2010年まで参加。現在、武蔵野美術大学教授。
これまでのshiseido art egg賞の結果は下記よりご覧ください。