異なるジャンルのクリエーションに関わる3人が審査し、3つの個展の中で、資生堂ギャラリーの空間に果敢に挑み、新しい価値の創造を最も感じさせた展覧会にshiseido art egg賞を贈ります。
第15回 shiseido art egg賞
第15回 shiseido art egg賞は、中島 伽耶子氏に決定いたしました。
2021年12月23日には授賞式を行い、当社常務 チーフソーシャルバリュークリエイションオフィサーの青木より中島氏にトロフィー並びに賞金20万円を贈りました。
受賞の言葉
shiseido art egg 賞という、ひとつの目標であった賞をいただきとても嬉しく思います。ギャラリーでの展示経験が少ない中で、このような大規模なインスタレーションを実現できたのは、資生堂ギャラリーの皆様の支援や、施工と照明を担当してくださったプロフェッショナルの方々、素材提供していただいた企業様など、様々な方の協力のおかげです。一人では運べない作品を作るということは、私にとって人と関わり、伝え合い、助けてもらいながら制作するということなのだと、改めて感じています。
搬出を終え、作品の壁を取り払った資生堂ギャラリーはあっけらかんとしていて、これまでの展示が嘘のようで、そしてやはり美しい空間でした。貴重な経験に感謝し、反省を活かしながら、これからも一人では運べない作品を作りたいと思います。
審査総評
本年の審査員は金沢 健一氏、小林 エリカ氏、小田原 のどか氏の3氏が務めました。審査員はshiseido art egg展の開催期間中に各展示を鑑賞し、作家からの解説を経て審査にのぞみました。
演劇とインタビューを交差させた映像を通して、苦しみや生の意味、信仰と救いなどを追求した石原海、作者自身の頭部を型取りして作った人形と自身を一緒に撮影した連作を中心に、映像、インスタレーションも交えて鑑賞者の視覚認識を揺さぶった菅実花、ギャラリー内にアクリル片を突き刺した巨大な壁を設置し、暴力性と美しさを同居させ、コミュニケーションの問題を提示した中島伽耶子。
メディアや表現方法は異なりますが、不確実・不安定な時代の中で、社会全体の問題にアートがどう関われるかを真摯に問い、それらを洗練されたかたちで表現するという共通した姿勢が見られました。
審査は「展示の完成度の高さ」「資生堂ギャラリーの空間で何をどのように表現しようとしているか」という主要な基準に則り、一進一退の議論が続きました。
最終的には、資生堂ギャラリーでなければ実現できない空間の使い方の独創性と、物質感を伴う作品によって身体性の伴う展示を実現したことが評価され、第15回shiseido art egg賞は中島 伽耶子氏に決定しました。
貴重なお時間をshiseido art egg賞審査に費やし、時代に即した新しい視点を加えて議論を重ねてくださった金沢 健一氏、小林 エリカ氏、小田原 のどか氏に心から御礼申し上げます。
審査員所感
石原 海展「重力の光」
現実の出来事を軸に、物語的な要素を加えた映像作品やヴィデオインスタレーションに取り組んできた石原は、今回、北九州の教会に集う人々と行った演劇とインタビューで構成された映像作品を、大展示室に設置した大スクリーンで上映した。
キリスト教というテーマは西洋美術においては長い歴史があるが、現代日本における視点が持ち込まれていることは新鮮で、チャレンジングな作品である。
また、宗教によって救われた人々が役を演じ、作品化されることで鑑賞者を救う側に転換していく構図は、一つの映像制作を通したワークショップ活動ともいえるだろう。
映像作品の演劇パートの舞台美術はよく作り込まれ、構成も緻密な上、演出や編集による工夫も見られ、完成度は極めて高い。
社会の根底の矛盾に直面した当事者が語る言葉も、切実な実感を持って迫ってくる。大画面の緻密な映像に踊り場の抽象的な映像が対比されるなど、展示の仕方がよく練られており、作家としての優れた資質を感じさせる。
また、作り物であるにもかかわらず、素材を「パン」と明記している小展示室の作品からは、キリスト教におけるパンの意味と会場に置かれた作品の意図を考えさせられた。
宗教やアートの根底のあり方を問う巧妙な仕掛けといえる。大展示室の観客席を照らす赤い照明は、映像で描かれる世界と鑑賞者のいる空間を有機的に結びつけようとする意図が感じられ、評価できるが、小展示室の作品はやや説明的であり、2つの空間の結び付け方という面では工夫の余地が感じられた。
石原が、今後、宗教のもつ歴史や課題とどのような距離感で向き合い、これまでのスタイルであった個人史と結びつけて作品化していくのか、また、美術分野に限定せず、映画監督としても実績を重ねていることからフィールドの越境性をどのように捉えて活動していくかという点においても、これからが注目される作家である。
菅 実花展「仮想の嘘か|かそうのうそか」
自身の頭部を型取りして作った人形を使った作品でキャリアを築いてきた菅実花。
今回、大展示室では人形と一緒に写した11点のセルフポートレート写真、実像と虚像を重ねた像を映し出す光学機器を用いた作品等を、小展示室では自身のスタジオを再現しながら、オリジナルとコピーの家具や、リアルとフェイクの植物等を用いたインスタレーションを発表した。
菅はこれまで人形を社会的なテーマで作品化してきたが、今回は西洋における自画像史の文脈で扱っているように感じられ、慣れたモチーフとの距離感を変えようとする意思が伝わった。また、「見る/見られる」「私と誰かが似ている」という関係が、タイトルの回文と呼応するように、撮られた像が鏡写しに反転していくように配置されていたのも印象的である。
19世紀以降の写真・光学機器の発展の歴史も踏まえられるなど、菅の研究熱心な姿勢がよく現れており、個々の作品も完成度は高かったが、作品数が多くコンセプトも多岐にわたっていたことで、展示としては焦点がぼやけ、空間も散漫になってしまった。
本物/偽物というコンセプトでいえば、小展示室の作品の方が成功していたが、ポートレートとはまた異なる意味合いのものであり、展示意図をより明快に伝えるには構成要素を整理する必要があっただろう。
しかし、菅が多様なアイディアと可能性を持つ作家であることは間違いなく、今回見られた変革への萌芽がどのように発展していくか楽しみである。人形と作家の年齢がずれていく現象をどう作品化していくのか、西洋美術の文脈からの脱却を見せるのかなどについても、関心は尽きない。
中島 伽耶子展「Hedgehogs (はりねずみたち)」
大小2つの展示室があり、踊り場からもフロアが見下ろせる資生堂ギャラリー。
中島はこの2つの空間を巨大な壁で分断し、鑑賞者は暗い大展示室にしか立ち入れず、壁の“向こう側”である明るい小展示室は踊り場から見下ろすだけという、大胆な発想のインスタレーションを発表した。
踊り場の呼び鈴を押すと、ベルの音がけたたましく鳴り響く。ドアの横に付いている照明は大展示室に人が通ると点灯する。暗い大展示室の壁には、開けることのできないドアがついている。壁に突き刺された棘のようなアクリル板のエッジは、明るい部屋から伝わる光で光っている。壁の向こう側は見えないが、音や光から人の存在は伺える。
壁、棘、闇の中の光など、いずれのメタファーも明快であり、コミュニケーションに不安を抱える我々誰もが共感できるものである。
暴力的な要素が目立つ一方、アクリルの棘が作り出す光と影の揺らぎは儚げで美しく、近づいたり離れたり、身体を動かしながら様々な見え方を楽しめる展示となっていた。
しかし壁紙の模様の必然性やランプの形態やベルの在り様、アクリル板の収め方などディテールの詰めの甘さが目立ち、特に明るい部屋では作者がどのような空間を想定しているのか明快さに欠け、説得力の弱さが惜しまれる。細部にまで細心の注意を払えば、さらに展示の強度が増しただろう。
また、資生堂ギャラリーの構造上の問題かもしれないが、コンセプトに差別や分断といったテーマを含んでいるにもかかわらず、階段でしか降りられない踊り場を鑑賞のポイントとしたことは矛盾といえ、こういった点の処理は今後の課題である。
このように未消化な部分もあったものの、物質性を伴う「壁」という物体を空間に設置することで、視覚のみならず全身、全感覚を用いての鑑賞体験ができたこと、そして何より、この空間でなければ成立し得ない形で制作意図を明確に表現したことは資生堂ギャラリーの歴史の中でも初めての事であることを評価し、第15回shiseido art egg賞は中島に決定した。
審査員
金沢 健一(彫刻家)
東京都生まれ。工業製品としての金属を素材に、幾何学的な形態による構成的な作品、またそれと並行して、不定形に熔断した鉄板から音を発見する《音のかけら》、振動の物理現象であるクラドニ図形を利用した《振動態》など視覚、聴覚、触覚を結びつける作品を制作する。資生堂ギャラリーでは、2001年から全5回のシリーズ企画展「life/art今村源、金沢健一、須田悦弘、田中信行、中村政人」に参加。
小林 エリカ(作家/マンガ家)
東京都生まれ。目に見えないもの、歴史、家族や記憶、場所の痕跡から着想を得て、漫画、小説、映像、インスタレーションなど様々な表現手法を用いた作品を発表する。主な展覧会に、「話しているのは誰?現代美術に潜む文学」(国立新美術館、2019)、「りんご前線—Hirosaki Encounters」(弘前れんが倉庫美術館、2021-2022)等、近著に、絵本『わたしはしなないおんなのこ』(岩崎書店、2021)、小説『最後の挨拶His Last Bow』(講談社、2021)、『トリニティ、トリニティ、トリニティ』(集英社、2019)、など多数。
小田原 のどか(彫刻家/評論家/出版社代表)
宮城県生まれ。彫刻家/アーティストとしての活動と並行して、彫刻研究、版元経営、書籍編集、展覧会企画、評論執筆を行う。主な展覧会に「小田原のどか個展 近代を彫刻/超克するー雪国青森編」(国際芸術センター青森、2021-2022)、「あいちトリエンナーレ2019」。代表を務める出版社より『原爆後の75年:長崎の記憶と記録をたどる』(長崎原爆の戦後史をのこす会編、書肆九十九、2021)を刊行。主な著書に、『近代を彫刻/超克する』(講談社、2021)などがある。
撮影:加藤健
記事:桜井裕子
これまでのshiseido art egg賞の結果は下記よりご覧ください。